文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大

古書を探す

メールマガジン記事 シリーズ古本マニア採集帖

第18回 亀田博さん アナキズムの図書館をつくるひと

第18回 亀田博さん アナキズムの図書館をつくるひと

南陀楼綾繁

 古本屋とアナキズムは相性がいい。と思うのは、私は古本雑誌『彷書月刊』育ちだからだろうか。2010年に休刊した同誌では、伊藤野枝、金子文子、竹中労、平民社、関東大震災などの特集を組んでいたし、『初期社会主義研究』の広告も載っていた。そこで知った、アナキストたちのエピソードは、思想や運動に関わってこなかった私にも興味深いものだった。
 昨年、高見順が若きアナキストの彷徨を描いた『いやな感じ』が共和国という出版社から復刊された際、社主の下平尾直さん(この人も古本マニアのひとりだ)と私で立川の書店でトークをした。数少ない聴き手のなかに、やたらとアナキズムに詳しい男性がいた。それが今回ご登場いただく亀田博さんだった。
「これまで集めたアナキズムの資料をもとに、小さな図書館をつくるつもりです」とおっしゃっていたのが気になって、連絡してみると、いままさに開館準備中だというので訪ねることにした。

 新型コロナウイルスでの緊急事態宣言が解除され、少しずつ街に人が戻ってきた5月下旬。鎌倉駅前で亀田さんと待ち合わせ、バスに乗る。車内から覗く小町通りは、さすがに従来ほどの人出ではない。二階堂のバス停で降りて永福寺跡の公園を抜けた先、斜面に張りついたような場所にあるアパートの一室に案内される。
「ここは図書室に収めるつもりの資料を一時的に置く場所なんです。東京の自宅は本が多すぎて、整理するスペースもないので」と亀田さんは云う。

 1953年、港区芝二本榎(現高輪一丁目)生まれ。家の目の前に火の見櫓が印象的な高輪消防署二本榎出張所(1933年落成)がある。父は運送業を営んでいた。両親と2歳上の姉との3人暮らし。
「本が多い家ではなかったです。三島由紀夫の『鏡子の家』があったのを覚えているぐらいで。子ども向けの文学全集があって、その中のベルヌ『十五少年漂流記』を小学2年頃にクラスでぼくが朗読したことがあります」
 1959年に『少年マガジン』と『少年サンデー』が創刊され、マンガ雑誌の全盛期だった。近所には貸本屋が2軒あり、小学3年頃に白土三平の『忍者武芸帳』を借りて読む、その後、『ガロ』を買って読むようになる。「その頃から反権力的なものに興味があったのかもしれません」と云う。

 中学に入ると、マンガから離れ、当時刊行された文学全集の作品を手あたり次第に読んだ。早稲田高等学院に入り、2年から図書同好会に所属。顧問の伊藤助松先生は放課後に酒を呑みながら生徒に接するというおおらかな性格で、赤点をとった生徒にも慕われていた。この先生と一緒に、図書館に入れる本を取次に選びに行ったこともある。そのとき亀田さんが選んだのは、赤瀬川原平の『オブジェを持った無産者』(現代思潮社)だった。
「学校をさぼって、新宿の〈アートシアター新宿文化〉でATG映画を観たり、神保町の〈ウニタ書店〉で、風流夢譚事件の影響から掲載誌でしか読めなかった大江健三郎『政治少年死す』のタイプ打ちの海賊版を買ったりしました」

 1972年、早稲田大学第一文学部に入学。当時は学内闘争の真っただ中で、亀田さんもその流れに入らざるを得なかった。この年11月に起きた川口大三郎事件(革マル派によるリンチ殺人)では目撃証人にもなった。翌年秋には早稲田祭中止をめぐって機動隊が導入され、その騒ぎで逮捕・拘留される。未成年ながら起訴されて、90日拘置所で過ごす。
「それがきっかけで獄中者の支援運動に関わるようになりました。大学に行かなくなって、新宿ゴールデン街の店でアルバイトするようになりました」
 在学時にはアナキズム研究会の流れを汲んだ「テレ研」(テレビ芸術研究会)に入っていた。この頃から早稲田の〈虹書店〉〈文献堂書店〉や、高輪の自宅近くの〈石黒書店〉などの古本屋に行くようになった。
 1970年代半ば、亀田さんはアナキズム系の復刻出版を手掛けていた「黒色戦線社」の大島英三郎さんと出会う。
「群馬出身で実家の畑を切り売りしたお金で出版をされていました。その仕事を手伝うことになって、古本屋でアナキズム文献を探しました。五反田(古書組合南部支部)の即売展に出していた〈あきつ書店〉の目録を見たり、神保町の……高橋書店といったかな、アナキズム系に強い古本屋に通いました。専門家が少ない分野なので、探せば探すほど新しい資料が見つかるのが面白かった」

 その後結婚し、夜間学校の警備の仕事をしながら、アナキズムの研究を続ける。『救援』に「大逆事件の救援史」を連載したり、山歩きが好きになった縁で『山の本』(白山書房)という雑誌にエッセイを連載するようになった。
 そんななか、ぱる出版が『日本アナキズム運動人名事典』を出すことになり、亀田さんも執筆者に加わる。
「ひとつの項目を書くために、多くの資料を集めて調べましたね。2004年に完成しますが、すぐに改訂版を出そうという話になり、その準備のために翌年創刊された雑誌が『トスキナア』(皓星社)でした。私も編集委員になって、ずいぶん文章を書きました」

 蒐集熱にも拍車がかかり、〈月の輪書林〉の目録で大杉栄の同時代人がつくった新聞記事のスクラップブックを買ったり、他の書店で金子文子と朴烈が発行した機関紙『フテイ鮮人』(のち『現社会』)を入手したりしている。
「運動誌は謄写版が多く、消耗されやすいから、なかなか市場に出ないんですね、それでも、次第に増えていった。モノが捨てられない性格なので、自宅がすごいことになってしまった(笑)。そんなとき、思いがけず親の遺産が入り、社会運動文献を調べる人のための小さな図書館をつくろうと考えたんです」

 山歩きで親しんでいた鎌倉で場所を探し、極楽寺に820㎡の土地を買った。ここに山小屋を建てて、図書館にする予定だ。近年は韓国のアナキズム研究者とも交流があるので、彼らが泊まれるゲストハウスにしたいとか、所蔵の資料をデータベース化したいとか夢は広がる。
「でも、なかなか進みません(笑)。このアパートは資料整理用に借りたのですが、近々出なければならなくなりました。本の引っ越しに頭が痛いです」
 なんとか来年には開館させたいと、亀田さんは笑う。

 アナキズム文献の魅力とは? と聞くと、「読んでいくうちに、当時のアナキストたちが何をやろうとしていたかが判って興味深いです」と答える。記録を読むことで歴史の謎が解かれることにワクワクするのだろう。
「アナキズムに興味を持った若い人が、図書館の手伝いをしてくれるんです」と亀田さんは嬉しそうに云う。古本屋の棚や目録でこつこつ集めたアナキズム文献が小さな図書館に収まり、それを次の世代が活用する。古本マニアのひとつの理想形ではないか。

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

susumeru
『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁 著
皓星社 価格:1,600円(+税) 好評発売中!
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/atsumeruhito/

Copyright (c) 2020 東京都古書籍商業協同組合

  • コショな人
  • 日本の古本屋 メールマガジン バックナンバー
  • 特集アーカイブ
  • 全古書連加盟店へ 本をお売り下さい
  • カテゴリ一覧
  • 画像から探せる写真集商品リスト

おすすめの特集ページ

  • 直木賞受賞作
  • 芥川賞受賞作
  • 古本屋に登録されている日本の小説家の上位100選 日本の小説家100選
  • 著者別ベストセラー
  • ベストセラー出版社

関連サイト

  • 東京の古本屋
  • 全国古書籍商組合連合会 古書組合一覧
  • 想 IMAGINE
  • 版元ドットコム
  • 近刊検索ベータ
  • 書評ニュース