古本屋ツアー・イン・ジャパンの2020年上半期報告古本屋ツアー・イン・ジャパン 小山力也 |
2011年からこの場をお借りし、古本屋さん調査に関する報告を、畏れながらも手前勝手にさせていただいている。もはや十年目に突入したわけであるが、十年もあれば、色んなことがある。思いもよらないことが起こったりする。日常の中の思いもよらない変化というものは、人間の生活に時に潤いを与えてくれるものだが、その生活自体を揺るがすような大きな変化は、人間を戸惑わせ不安にし、未来の予測を困難にする。『こんなことが起こるわけはない』『どうせ大したことにはならない』『いつも通りの生活がすぐに戻って来る』などの楽観的な観測が、時間の経過とともに次第に小さく薄まって行く恐怖…。だが、人間はそれでも、生きて行かねばならない。その変化に苦心惨憺対応して、暮らさねばならない。はっきりとした正解はまだ霧の中だが、足を止めるわけにはいかないのだ。それは、古本者の生活の最重要な一面でもある、『古本屋に行く』『古本を買う』という行為にもまた、同じことが言えるのだ。
これは、新型コロナウィルスという未知の災厄に見舞われた世界で、感染予防に努めながら古本を求めて東京を彷徨う、ひとりの男の六ヶ月の観察記録である。 一月、西荻窪「にわとり文庫」の毎年恒例『100均祭』を楽しみにしていたが、何と店主がインフルエンザに罹り、開催が延期となる。新年早々安値の良書を漁るのは、どうせ古本買いに塗れる一年の皮切りには相応しい行事なのだが、こういう時は致し方ない。だがその他に行きつけのお店で、古本福袋をいただいたり、お年玉代わりの図書カードをいただいたりと、結局は幸せなスタートを切る。三鷹「りんてん舎」も『均一祭』を開いて好評を博し、新たな楽しみを増やしてくれた。吉祥寺には雑居ビルの二階に「防破堤」が開店。背骨の硬そうな棚造りが魅力的である。西荻窪には映画ライターが店主のサロン的店舗「ロカンタン」が出来ていた。店主の職業通り映画本が中心のラインナップ。またすでに開店していて久しい横浜・黄金町の「楕円」も偵察。倉庫的店舗にカルチャー全般を集める魅力的な空間を作っていた。また、御茶ノ水では駅直上の「三進堂書店」が閉店。帳場のおやっさんの、自作のボヤき歌が聴けないのは寂しい限りである。他に大久保の路地裏にあった「修文書房」がこつ然と消えていたのを目撃する。 二月、椎名町の「古書ますく堂」が突然の移転を発表、しかも新たな落ち着き先は大阪だと言う。詩獣の魔窟、西へ! 店主は広島のご出身なので、大阪・神戸には知り合いが多いそうだ。まぁあの豪放磊落な性格だから、どこでも楽しく古本を売って行くことだろう。また何処の駅からも遠い豊玉の住宅街に「潮路書房」という福祉系のお店が出現。わりと安値で本をカフェの奥の一部屋に並べている。この二月あたりから、『何だか悪い病気が流行っているらしい』と、新型コロナウィルスが、少しずつ身近に忍び寄って来た感がある。だが、まだまだ日本は暢気で、中国の大掛かりな感染対策なども対岸の火事を見ているようであった。 三月、東小金井の街の古本屋さん「BOOK・ノーム」が閉店。これで東小金井には、一軒の古本屋さんも無くなってしまった…もはやご近所の新小金井の「尾花屋」に期待を寄せるばかりである。明大前の「七月堂古書部」では、日本パブリッシング「ヒチコックと少年探偵トリオ ささやくミイラの秘密」を千円で見つけて大喜びする。だが、そんないつもの古本屋さんを楽しむ生活は、月末になり、オリンピックの延期が決まった途端に感染者数が急増したり、都が感染への警戒を派手に促したり、志村けんが亡くなったり、すでに休業に入るお店も出たりと、突然坂道を転げ落ちるように変化して行くのである。 四月、次第にコロナ騒動が拡大する中、さらに古本者にとって心を揺さぶる情報が伝わって来た。中央線の至宝、荻窪「ささま書店」が四月五日で閉店するというのである。突然の発表に、たった四日間の閉店セール…この期間は、当然の如くお店との別れを惜しむ客で連日賑わい、「ささま書店」の偉大さを改めて知らしめてくれたのであった。また東村山では、長らく改装のために休業中だった「なごやか文庫」が営業を再開。サッパリと白くキレイになり、まるで新古書店のように変貌を遂げたのである。だがそんな、感染に気をつけながらも、それなりに楽しく工夫して送っていた古本ライフは、四月八日に国の発出した緊急事態宣言により、寂しく激変することとなった。不要不急の外出を控え、他県への行き来も自粛するのが、一般市民の為すべきこととなったのである。そして東京都の休業協力要請により、多くの古本屋さんも自主的休業に入る事態となったのである。当然各所で予定されていた古本市の類いも、多くが中止となってしまった。街から人影は消え、路上にやたらとマスクが落ちている、静かで寂しい異常な春であった。巣ごもりが推奨されていたので、用の無い時は家に閉じこもり、この際良いチャンスだと、読書に興じる日々が多くなった。だがそれでも外出を要する日は存在するので、そんな時に素早く、感染防止に充分努めながら開けてくれている古本屋さんを、なるべく覗くように習慣づけて行った。そんな制限の多い中で、朝日新聞社「世界の民芸」を八十円で見つけたり、毎日新聞社「マイニチの人形絵本」を店頭無人販売の百均で十冊掴んだりと、まぁうれしいことも少しはあったのである。 五月、そう言えば不忍の「一箱古本市」も中止になってしまった。そんなことを寂しく思いながら、国立駅前から、ちょっと脇の『国立デパート』内に移転した「みちくさ書店」を見に行ったり、西荻窪「古書音羽館」シャッター前に出された『お好きな本一冊お持ち下さい』コーナーに、古本心を癒されたりした。五月七日からは緊急事態宣言の延長が始まったが、この第二期には、チラチラと営業を始めるお店も増えて来た。もちろん人出の増える週末営業を避けたり、時短営業したり、マスク着用、手指消毒、帳場にはビニールカーテンなどの感染予防をしっかりと施した上での再開であった。そしてこれが緊急事態宣言解除後も、古本屋さんの普通の風景となってしまったのである。 六月、宣言が解除されたとは言え、感染の恐怖はまだ現実のものとして常に身近に寄り添っている。だがそれでも、何はともあれ動き始める、新しい不自由な日常生活。徐々に再開した馴染みのお店を訪ね、ビニールカーテン越しに店主と久々に顔を合わせ、お互いの無事を喜ぶ。ちょっと大げさかもしれないが、普段は引っ込み思案の私も、さすがにこの時は多少の感動を禁じえなかった。古本屋さんが開いている素晴らしさ、古本が買える喜び、ここにあり! 三ヶ月ぶりの神保町パトロールも行うと、以前のように多数のお店をハシゴしたならば、何度も手指消毒することになり、指紋が消えてなくなりそうに手がス~ス~。だが、様々な活動が活発化し、営業が再開するとともに、その力は逆方向へも働き、閉店への動きも起こり始めてしまった。調布の「円居」は、元々五月一杯で閉店だったのが、コロナ禍のせいで六月十五日まで閉店を延ばし、店内全品百円セールを行った。また去年から休業していた阿佐ヶ谷の「ゆたか。書房」は、お店をもう一度開けることなく、七月の閉店前に本が運び出されてしまった…残念。是非ともオヤジさんにもう一度お会いしたかった。王子では大型店「山遊堂王子店」も三十日にその幕を閉じてしまった。 かように想像を絶する激動の二〇二〇年前半となってしまったが、もはやこの状況で、これからもどうにかサバイヴしていくしかないことはわかり切っている。負けてなるものか。マスク装着と手洗いうがいを徹底して、どれだけ時間がかかろうと、精一杯乗り切ってやる。普通の風邪も引かないように気をつけよう。そして一刻も早く、この騒動が終息を迎えることを、切に願っておこう。阿佐ヶ谷「古書コンコ堂」に散発的に棚出しされる古い探偵小説群もチェックしなければならないし、「ささま書店」跡地に新誕生するお店の行方も激しく気になるのだ。まだまだ古本屋さんに行かなければならない! まだまだまだまだ古本を買って、読まなければならないのだ!
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