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メールマガジン記事 シリーズ古本マニア採集帖

第20回 伊藤嘉孝さん 古本から新刊を生み出すひと

第20回 伊藤嘉孝さん 古本から新刊を生み出すひと

南陀楼綾繁

 私自身もそうであるように、編集者には古本好きであることが結果として仕事につながっている人がいる。なかでも、会社じたいが古本マニアの巣窟ではないかと疑われるのが国書刊行会だ。絶版になった本や稀覯本を資料として、復刊、アンソロジー、全集などを刊行している。
 今回はその国書刊行会の若手代表(?)として、伊藤嘉孝さんに話を聞いた。同社で武術、民俗学、考古学などの本を企画し、新しい路線をつくっている。
「これまでの古本との付き合いが、すべて仕事につながっている気がします」と語る伊藤さんに古本遍歴を聞いた。

 伊藤さんは1978年、岩手県盛岡市生まれ。父は銀行員。両親との3人家族。
「父が40歳を過ぎて生まれた一人っ子だったので、甘やかされました。両親は本はあまり読みませんが、本はいいものだという思いがあって、私には自由に本を読ませてくれました」
 小学校に入ると、近所にあった〈高松堂書店〉に通う。店の床に座ってマンガ雑誌をずっと読んでいたが、店のおばさんは黙認してくれた。
「マンガの単行本では、藤子不二雄の異色短編集や手塚治虫の『三つ目がとおる』を買いました。10歳になると、栗本薫の『ぼくらの時代』(講談社文庫)を買って、初めて大人向けのミステリを読みました」
 このころ読んだのが、『魔の星をつかむ少年』(鈴木悦夫、学研)。平井和正の『幻魔大戦』を思わせる超能力もので、当時ハレー彗星が地球に接近したことも重ねて読んだ。また、『蘇乱鬼と12の戦士』(本木洋子、童心社)は出羽三山を舞台にした物語で好きだった。
 伝奇SFにハマって、中学では半村良『産霊山秘録』をはじめ、高橋克彦、夢枕獏、菊地秀行などを読んだ。
 
 中学に入る直前に引っ越したが、入学した学校になじめず、2年生になると不登校になった。
「集団行動ができなくて、教室にいるのが嫌だったんです。補導されないように私服で町に出て、自転車でぐるぐる回っていました。息をひそめるように図書館で本を読んでいました」
 伝奇SFのほか、勃興期だったライトノベルも好きで、スニーカー文庫、ソノラマ文庫、富士見ファンタジア文庫などの新刊はほとんど買っていたという。
 また、家にあったパソコンでロールプレイングゲームをやっていたので、『コンプティーク』『ログイン』などのゲーム雑誌も買った。
 不登校のまま高校を受験するが、志望校に落ちて浪人。中学浪人を対象とした予備校に通う。ここで後につながる大きな出会いがあった。地元にあった諸賞流という古武道の道場に通うようになったのだ。
「『少年サンデー』に連載されていた『拳児』を読んで、武術に興味を持ちました。原作者の松田隆智さんは中国武術の専門家ですが日本の古流にも造詣が深く、この人が書いた本も読みました」
 高校には翌年には合格するが、1年で行かなくなる。
「周りに本好きがいなくて話ができなかったんですよね。でも2年生の12月にある修学旅行にだけは参加したくて、それだけ行って中退しました」
 うーん、なかなか曲折の多い青春時代である。

 伊藤さんは1999年、20歳で大検により早稲田大学人間科学部に入学。
「16歳で京極夏彦を読んで以来、新本格ミステリに耽溺していたので、とにかくワセダミステリクラブに入れれば、どの学部でもよかったんです(笑)。ワセミスではラウンジに集まってダベるのが楽しかった。2学年上に作家になる宮内悠介さんがいました」
 早稲田の古本屋街や下宿の近所のブックオフに通い、部屋のなかには本がどんどん増えていった。先輩や友人もみんな似た状況だったので、「そういうものだと思っていました」と笑う。
 2年留年して卒業。古武道の流派に関心を持ち、卒論では「陰流」の伝承について書いた。
 就職活動もせずに無職だった伊藤さんを心配したサークルの後輩が、編集プロダクションのアルバイトを紹介してくれた。その後、〈ブックファースト〉渋谷店で働く。
「接客業ははじめてでしたが、棚をつくるのは愉しかったです。その後、大井町店にいた頃に国書刊行会の社員募集を見て応募したんです」
 
 最初に担当したのは、シャーロック・ホームズのパスティーシュの翻訳だった。訳者は他社のベテランの編集者でもあり、本のつくり方を教えてもらった。
 1年後には自分の企画を出すようになった。最初の頃に手がけたのは、綿谷雪(わたたにきよし)の『完本 日本武芸小伝』。1961年に出た本の復刻だ。
「15歳で東京にはじめて来たとき、神保町の〈小宮山書店〉でこの著者の『増補大改訂 武芸流派大事典』(共編、東京コピイ出版部)を買いました。1万円でした。綿谷さんはこのとき75歳で、その後も補遺としてガリ版刷りで『武芸帖通信』を発行しています」
 編集者になって、より資料性の高い古本を買うようになったと伊藤さんは云う。古流マニアの友人から武術の型が解説されている巻物も譲られたそうだ。
「最近はあまり小説を読まなくなって、古い随筆を読むようになりました。柳田國男の『故郷七十年』に柳田が婿入りした飯田の柳田家が武術に関係していたことが判ったり、埴谷雄高の随筆で福島の実家が剣術を教えていたとあったりと発見が楽しいです」

 伊藤さんは考古学関係の本も編集している。
「子どもの頃、親戚に連れられて遺跡に行って土器を見つけたんです。考古学者になりたいと思ったのですが、本にのめり込んでしまった。あとになって縄文関係の本を集めました。縄文土偶が表紙になっている宗左近の詩集も持っています」
 これまで50~60冊を手がけているが、原本のある企画が多い。手に入りにくい本を新しい装丁と編集で提供することに意義があると、伊藤さんは考えている。
「それと私は索引づくりのような細かい作業が好きなんです。どんな固有名詞を採るかを考えるのが面白いです」

 古本を探すのにはネットや古書目録は使わず、即売会にもあまり足を運ばない。それよりは、店舗を訪れたときに本と出会うのがいいと云う。
「店ごとに本の並べ方などが違っていて、個性が感じられます。100円均一の棚には宝探しのような感覚があります」
 現在は中央線沿線に住み、近所の古本屋を毎日のように覗く。今年4月に荻窪の〈ささま書店〉が閉店すると聞いたときには、1週間で3回行った。
「新型コロナウイルスの感染拡大で外出が自粛されていた時期でしたが、ものすごい人で密密状態でした。飛ぶように本が売れていましたね」
 古いアパートの2階で暮らしているが、あるとき大家さんに部屋のなかを見られた。
「すごい量の本を見て、『常軌を逸している。処分しろ』と云われましたが、話し合った結果、1階の空き部屋を使わせてくれることになりました。更新の際、契約書に『これ以上本を増やさない』と入れられましたが、『努力する』に変えてもらいました」
 本人は飄々としておっしゃるが、凄まじい話だ。肝が据わっていて、私にはとても真似できない。真似したくもないけど……。

「出したい本はまだたくさんあります」と伊藤さんは云う。時を経て一度忘れ去られた本を古本屋で見つけ、新しい本として世に送り出す。さまざまな曲折を経て、伊藤さんは天職にたどり着いたのだ。

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

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