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第21回 三原宏元さん 「昭和40年代」を追い求めるひと

第21回 三原宏元さん 「昭和40年代」を追い求めるひと

南陀楼綾繁

 新型コロナウイルスが拡大し、自宅で過ごさざるを得ない日々が続いた時期、フェイスブックに「7日間ブックカバーチャレンジ」というものが現れた。好きな本の表紙画像を1日1冊、7日間投稿するというもので、私自身は誘われることも自分から参加することもなかったが、流れていく表紙を眺めていた。その中で、一番面白かったのが、三原宏元さんの投稿だった。
三原さんは7日間という期間を無視して、ご自身が集めてきた片山健やロバート・クラムに関する本や雑誌、レコードの画像を延々とアップしていた。次々に出てくる画像に圧倒された。どうやってこれだけのコレクションになったのか、話を聞きたいと思った。

 三原さんは港区南青山で〈ビリケン商会〉という、古いおもちゃを扱う店を営んでいる。その奥には〈ビリケンギャラリー〉があり、画家や漫画家の展示を行う。また、ビリケン出版として絵本などを刊行している。この小さな場所は、いくつもの顔を持っているのだ。
 そのギャラリーを訪れると、「いらっしゃい。ここは落ち着かないから、上で話しましょう」と三原さんは誘ってくれた。スラリとした長身にヒゲがトレードマークだ。同じマンションの上の階に行くと、「ちょっと待ってね」と云って、入り口にあるものを外に出しはじめた。それらをどかさないと中に入れないのだ。
 やっとわずかに生まれた空間は、太っている私には絶望的に狭い。壁の本棚に顔を擦り付けるようにして奥に進む。そこにも座る場所はなく、結局、ベランダに椅子を置いて、中にいる三原さんに話を聞くことに。背中に雨の音を聴きながらのインタビューとなった。

 1952年、福岡県八幡市(現・北九州市)に生まれる。父は地元企業である安川電機に勤めていた。「父は絵が上手かったです。会社の作業場でこっそり軍艦をつくってくれたこともあります」。両親と祖父、叔父、5歳下の弟と小さな家で暮らしていた。大家族であり、母は洋裁の内職をしていたため、絵本を読んでもらった記憶はないという。
「近所に貸本屋があって、よく行っていました。水木しげるの戦争ものや貸本雑誌の『影』があったけど、あまり好きじゃなかったな。休みのたび、父の実家(島根県)に帰省する時に『少年』(光文社)などの漫画雑誌を買ってもらいました。汽車の中でそれを読むのが楽しかった。いまとなっては、付録のおもちゃのほうが印象に残ってますね」
小学校に行く途中に、木で飛行機をつくるのが上手いお兄さんが住んでいて、しょっちゅう遊びに行った。「その人に木でつくった実物大ウィンチェスター銃をもらったんだよ。嬉しかったなあ」。まだプラモデルが普及する前の話である。高学年になると、『模型とラジオ』(科学教材社)を毎月買ってもらっていた。

小学6年生のとき、埼玉県の入間市に引っ越す。「北九州は都会だったから、いきなり何もない茶畑のなかに来た感じだったね」と三原さんは笑う。中学校に入ると、サッカー部、テニス部、美術部などに属する。レーシングカーや鉄道模型が好きで、自分で改造したりした。
「この頃だったか、父の本棚で見つけた『新潮』で、大江健三郎の『性的人間』を隠れて読みました。あれは人生で初めての衝撃だったね。自分で買っていたのは、『平凡パンチ』と『ボーイズライフ』。親に見られると恥ずかしいから、カラーグラビアを外して家に持って帰った(笑)。ずっと後になって、埼玉の家を改築するときに、病気の父がそれらの雑誌を捨てないで倉庫に移してくれていた。僕がこういう古いものを扱う商売だと理解してくれてたんだなと思いました」

 それからの三原さんは、サブカルチャーまっしぐら。池袋や新宿で映画を観て、ビートルズのレコードを聴く。『平凡パンチ』『メンズクラブ』などの雑誌を読み、横尾忠則、伊坂芳太郎、柳生弦一郎らのイラストレーションに魅かれる。
 高校に入ると、古い時計を集めはじめる。古道具屋に通ううちに「時計のあんちゃん」と呼ばれるようになった。高校卒業後、大学を受けるが失敗。その後、桑沢デザイン研究所に入ろうとするが、周りの受験生が予備校の友人同士でつるんでいるのを見ているうちにイヤになり、合格発表を見に行かなかった。
 その頃、古いブリキのおもちゃがアンティークとして扱われていることを雑誌で知り集めはじめた。1976年、知人と共同で日本で最初の古い玩具専門店〈ビリケン商会〉を設立。数年後に自分の店になった。
「オープン当初はまったく売れませんでしたが、お客様たちが私よりちょっと年上のデザイナーやカメラマンのような職業の方が多くその方々の話を聞くだけでも面白かったのです。その後、古い玩具だけでなくソフビ製フィギュアやブリキの玩具などの製造販売もしました。」

 そんな三原さんが古本を集めるようになったのは、片山健がきっかけだった。
「1970年代に『こどものとも』などで片山さんの作品を読んでいましたが、1985年に結婚して子どもが生まれてから、もういちどハマりました。1989年渋谷の〈パルコ〉で片山さんの個展があり、そこで原画を見たのも大きかったですね」
 三軒茶屋にあった古本屋〈喇嘛舎(らましゃ)〉(のち神保町に移転)で、片山健の画集や絵本、雑誌を買いまくった。
「喇嘛舎は1982年に片山さんの『マッチのとり』という画集を復刻していますが、その元となった自費出版の画集を入手したときは嬉しかったですね。それに、片山さんはいろんな著者の本や、『映画評論』『グラフィケーション』などの雑誌の表紙に絵を描いています」
 三原さんは、片山健作品の収集ノートをつくり、そこに情報を書き込んでいる。すごい情熱だ。1998年にビリケン出版をはじめたのも、片山健の『きつねのテスト』という絵本を出したかったからだという。
 片山健から土方巽、赤瀬川原平、四谷シモン、つげ義春ら、昭和40年代のサブカルチャーをリードした人たちの本を集めるようになった。

 一方、ロバート・クラムを知ったのは、雑誌『宝島』の記事だった。
「クラムは、ジャニス・ジョプリンの『Cheap Thrills』というアルバムのジャケットを描いています。それでクラムの作品を集めるようになりました。渋谷の恋文横丁に植草甚一も通った〈石井書店〉がありましたが、この店が引っ越しするときにデッドストックの洋雑誌を大量に放出したのをかなり買いました」
 レコード集めにも年季が入っており、一時は経堂で〈ホームラン〉という中古レコード店を経営していたほどだ。
 先に挙げた喇嘛舎のほか、神保町の神田古書センターにあった〈アベノスタンプ〉。絵葉書やポスターを買った。また、小田急沿線沿いに数店あった〈ツヅキ堂書店〉にもよく通ったという。
「ツヅキ堂は祖師ヶ谷大蔵、梅ヶ丘、鶴川、仙川などに支店がありました。祖師ヶ谷の若い店長がサブカルのセンスを持っていて面白かった。そういう店の棚の背表紙を眺めているだけで幸せになって、何か買って帰りたくなります」と三原さん。

 そうやって集めた本は、この部屋だけでおさまらず、自宅と倉庫にあふれている。「下手に整理すると見つからない。積み重なった山のままにしておく方が見つかりやすいんです」と云うが、ホントだろうか? 
 コロナ禍での自粛期間に久しぶりに本の整理を始めたところ、急に火が点いて、誰からも頼まれていないのに、片山健とクラムの本をフェイスブックに延々とアップしている。
「これまで集めたものをいつかは本にまとめたいという気持ちは、やはりありますね。生きてきた印のようなものを、世の中に残したい」と三原さんは語る。

 最後に三原さんは、幸せだった日のことを話してくれた。
「1991年頃、つつじヶ丘の鉄道模型屋に行った帰りに、つげ義春さん一家が散歩されているのを見かけました。その日は銀座のギャラリーで片山健さんのサイン会があって、『大きい川 小さい川』(ほるぷ出版)にサインをしてもらいました。このときは、井上洋介さんもいらっしゃいました。ずっと好きで追いかけていた人に同じ日に会えたのは嬉しかった」
 おもちゃにしても本にしても、三原さんのルーツは、多感だった10代で出会った昭和40年代の表現なのだ。それを生み出した人たちの仕事を、今後も追い求めていくのだろう。

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

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