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第22回 鈴木裕人さん 「龍膽寺雄」を掘り起こすひと

第22回 鈴木裕人さん 「龍膽寺雄」を掘り起こすひと

南陀楼綾繁

 ある日、見知らぬ人から一冊の本が送られてきた。鈴木裕人『龍膽寺雄の本』と題する同書はA5判・230ページで、龍膽寺雄の短篇と随筆に加えて、同時代に吉田謙吉と妻である龍膽寺魔子が書いた龍膽寺評、長男の橋詰光氏の回想などが収録されている。本人の肖像や資料のカラー写真も入っている。表紙の絵を描いているのは、漫画家の山川直人さんだ。
 龍膽寺雄(りゅうたんじ・ゆう、1901~92)は、1928年に雑誌『改造』の懸賞小説に『放浪時代』で入選。モダニズム文学の寵児となるが、いまではその作品は忘れられている。むしろ、サボテン研究家としてのほうが知られているだろう。私も名前を知っている程度だったが、今年、平凡社の「STANDARD BOOKS」で『龍膽寺雄 焼夷弾を浴びたシャボテン』が出て、ちょっと興味を持っていた。
『龍膽寺雄の本』には鈴木氏による「龍膽寺雄の読み方・読まれ方」という文章があって、同時代の文壇における龍膽寺の立場が判って興味深い。圧巻なのは、30ページにわたる「龍膽寺雄作品目録」で、小説から随筆、アンケートまで詳細に拾っている。
 こんな本をつくった人は何者だろう? プロフィールが入っていないので、年齢も判らない。これは会ってみるしかない。奥付の住所にある名古屋まで行くつもりだったが、鈴木さんのほうから東京に出向いてくださることになった。

 数日後、神保町の〈東京堂書店〉で声をかけてきた鈴木裕人さんは、細面の青年だった。年齢を聞くと29歳。なんと1991年、平成3年生まれなのだった。
「この本は200部つくりました。デザインは姉(鈴木愛未さん)に頼み、表紙や奥付の検印紙を貼るのは手作業でした。思いのほか多くの注文をいただいたので、嬉しい悲鳴をあげています」と鈴木さんは笑う。
 生まれたのは静岡県袋井市。父は和食の料理人である。母は本好きで、鈴木さんが幼稚園の頃から車で10分ほどの市立図書館に連れていき、絵本を借りていた。小学生になると自転車で図書館に通った。

「記憶に残る最初に読んだ本は、ボーデンブルクの『ちびっこ吸血鬼』シリーズですね。図書館で借りて読んだのですが、気に入ってあとで買ってもらいました。段ボールで棺桶をつくって、そこに入って遊んだりしました(笑)」
 このほか、『大どろぼうホッツェンプロッツ』シリーズやマーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険』、アストリッド・リンドグレーン『長くつ下のピッピ』シリーズやジュール・ヴェルヌなどが好きだった。
「冒険への憧れがあったみたいですね。父はあまり本を読まないのですが、子どもを寝かしつけるのにデタラメなお話をしてくれるんです。そこでも冒険の話をせがんでいました」
 現実の鈴木少年は幼稚園に行きたくなくて、途中で別の園に移っている。小学校も嫌いで、授業中に本を読んで怒られたり、仮病で休んで本を読んでいたという。
 その後、私立の中高一貫校に進学。中学では剣道部、高校では弓道部に属する。部活で忙しく、あまり本を読まなくなった。むしろ映画をよく観た。
「テスト期間は部活が休みで、そのときにはわりと本を読みました。ロバート・ウェストールの『機関銃要塞の少年たち』は重い話ですが、好きでした」

 20010年、愛知県の大学の文学部国文学科に入学。ここまで出てきた本はすべて外国の著者だったのだが、どこかに転機があったのか。一人暮らしするようになって、名古屋近辺の古本屋に通いはじめる。
「袋井ではブックオフで漫画を探すぐらいでした。名古屋に来て、大学近くの〈古本まゆ〉という古本屋で30円均一の文庫を買いあさりました。また、藤が丘の〈千代の介書店〉は近代文学の本が並んでいて、龍膽寺雄の本も買いました。店主は80代のおじいさんで、いろいろ教えてもらっています。
 鈴木さんの大学では、現代詩作家の荒川洋治氏がゼミを持っており、鈴木さんは4年生から聴講するようになった。「詩や小説など文学全般についての座談のような時間で、面白かったです」。このゼミではじめて知った作家は多いという。
 中上健次で卒論を書き、「もっと小説を読みたい」と大学院に進学。院生同士で読書会を行った。
 里見弴、小沼丹、小山清、深沢七郎、阿部昭……。鶴舞近辺の古本屋や古書即売会に通い、好きな作家の本を集める。短篇が得意な作家を好む。次第に本が増え、下宿の床が傾いたので引っ越したこともある。修論は坪内逍遥『当世書生気質』で書いた。

 大学院を出て、県内の図書館に司書として採用される。
「館内でのテーマ展示を担当することがあり、これまでに『蒐集物・コレクション』『旅』『夏目漱石』などのテーマで選書しました。館内にある本を選んで展示するのは愉しいですね」
 一方で、ちいさな出版物を手がけるようになる。大学の仲間との読書会がきっかけで、『しんぺんこまし』という雑誌を24号まで出すとともに、「イタリア堂」の屋号で「なみ文庫」として中戸川吉二の『イボタの蟲』を復刻する。同文庫では読書手帳もつくった。
 そして、2017年には「遊びを追求する雑誌」として『夜泣き』を創刊。「エロ」「青森」「履物」「おもちゃ」などのテーマに合わせて、小説やエッセイを掲載。「旧刊案内」「書評」など本を紹介する欄もある。文庫サイズで初期の号は100ページ以上ある。自宅のプリンタで出力し、表紙やしおり紐も手作業でつけている。
「『夜泣き』という誌名は、適当に辞書をめくって決めました(笑)。季刊ペースで現在13号まで発行しました。〈千代の介書店〉と今池の〈ウニタ書店〉には置いてもらっています」

 さて、いよいよ龍膽寺雄の話となる。
「大学のときに古本屋で鎌倉文庫版の『放浪時代』を買って読みました。仲間と過ごした日々を明るく描いていて、この作家が好きになりました。その後、図書館などで少しずつ読んでいたのですが、『アパアトの女たちと僕と その他』(改造社)がヤフオクに出ていたのを思い切って買いました。初版で函付きの美本だったので、自分でやらなければという使命感のようなものが芽生えて、龍膽寺雄の書誌をつくることにしたんです」
昭和書院から出た『龍膽寺雄全集』や『PREVIEW NO.1 モダニズムと龍膽寺雄の世界』(プレス・リーブル・センター)などを参考に、大学図書館や国会図書館などで調べていった。その過程で、龍膽寺雄の遺族に会って話を聞くこともできた。
「全集未収録の文献がいくつも見つかったし、神奈川近代文学館に所蔵されている龍膽寺のスクラップブックも閲覧できました。最初は『夜泣き』の別冊として出すつもりでしたが、こうなったら自分が欲しい本をつくろうと、遺族の許可をいただいて、小説や随筆も入れることにしました。山川直人さんの漫画は前から好きだったのですが、芥川龍之介の時代を描いた『澄江堂主人』に龍膽寺雄が登場したのには驚きました。私のために描いてくれたようなものだと勝手に思い込んで、今回の表紙をお願いしたら快諾してくださいました」
 本文がまとまったあとも、校正に時間がかかったため、完成までに3年近くを費やしたというが、むしろ早い方だろう。そのパワーには驚嘆する。

「本が出たことで、読んだ方から不明だった出典を教えていただきました。今後は龍膽寺雄のサボテン研究家としての側面を取り上げてみたいです。また、他の作家も追いかけてみたいですね」
 古本屋通いは釣りに似ていると、鈴木さんは云う。
「古本屋では、世の中にあるかないか判らない本と出会うことができます。次はあるかなと思って通うのが、古本屋の面白さだと思います」
『夜泣き』を創刊した頃は、その売り上げで古本屋をやりたいと思っていたという鈴木さん。そんなに売れるわけはないので、もう諦めましたと笑う。
このように、他の人が手を着けない貴重な仕事に取り組んでいる若者が、いずれ正当な評価を得て、夢である古本屋を開くことができたらと思う。その頃の日本は、もっと住みよい社会になっていることだろう。とりあえず、『夜泣き』を定期購読するつもりです。

「夜泣き」編集部
https://twitter.com/yonaki2017

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

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