昨年9月に山形県に行った。新型コロナウイルスのせいで、各地のブックイベントはほぼすべてが中止となり、私も地方に出かける予定がほとんど白紙になった。
そんななか、山形県南部の川西町フレンドリープラザでは、例年の一箱古本市は中止になったが、新潟市〈北書店〉の佐藤雄一店長と私のトークイベントを予定通り開催してくれた。
川西町には、「Book! Book! Okitama」(BBO)が開始されたときから毎年訪れている。作家の井上ひさしが生れた地であり、フレンドリープラザには井上の蔵書をもとにした「遅筆堂文庫」がある。2020年は井上の没後10年という節目だった。それだけに、この地の本好きのみなさんと再会できることが嬉しかった。
米沢駅に着くと、荒澤芳治さんが迎えに来てくれていた。田沢寺の和尚で、BBOの母体となった読書グループ『ほんきこ。』のメンバーでもある。一箱古本市に毎年出店している古本好きだが、「私の先輩でもっとすごい人がいるから」と案内してくれることになったのだ。
米沢から20分ほど車で移動し、小野川温泉に着く。駐車場に車を置いて、階段をのぼると、その上に甲子(きのえね)大黒天本山というお寺がある。境内から温泉街を眺めていると、関谷良寛さんがにこやかに迎えてくれた。1949年生まれ。父のあとを継いで、この寺の住職となった。
関谷さんの記憶に残る最初の本は、小学校に入る前に読んだサン=テグジュペリの『星の王子さま』。この中に出てくるバオバブの木に「どんな木なんだろう?」と想像を膨らませたという。
小学校の図書室には本が少なかった。中学校では図書室で夏目漱石の『こころ』などを借りて読んだ。高校では山岳部に属した。
「西吾妻山に登って、頂上でおにぎりを食べながら文庫本を読むのが楽しみでした。立原道造の詩集などを読んでいました」
その頃から同時代の作家には関心が薄く、志賀直哉や島崎藤村ら近代作家の作品を読んでいたという。
大学は東京の中央大学で、神保町の古本屋にはよく行った。動植物の本で知られる〈鳥海書房〉では、キングドン・ウォード『青いケシの国』(白水社)を買って読んだ。ウォードはイギリスの著名なプラント・ハンター(植物採集者)である。関谷さんはのちに、ネパールでたまたまウォードの旅の跡を歩いたという。
また、当時は神保町のパチンコ屋で、景品の中に本があったという。
「筑摩書房だったかの日本文学全集が欲しくて、パチンコ屋に通い全巻揃えたこともありました」と笑う。
在学中に、読んだ本の書誌事項とポイントの抜き書きをカードに記すようになった。その習慣は現在も続いており、何万枚にもなった。このカードホルダーが自分の一番の宝物だと関谷さんは云う。これとは別にノートに本の感想も書いている。
現在は寺のサイトで「本のたび」として、読んだ本を紹介している。2006年から現在まで、1800冊以上。旅の本から人生論、歴史、科学、エッセイなど、幅広く読んでいる。
寺を継ぎたくなくて経済学部に入った関谷さんだったが、父に「帰ってこい」と云われ、大学卒業後、京都の醍醐寺で1年間修業したのちに、小野川に帰ってきた。東京で集めた本が1万冊以上あり、一時はここで小さな図書館をやりたいと思っていたが、家を建て替えるときに置場がないのと管理の大変さからほとんど処分してしまった。
「それでもいつの間にか、また増えていますね(笑)」
地元に帰ってきた関谷さんは、「この環境でしかできないことをやろう」と、栽培が困難とされるシャクナゲを育てはじめる。シャクナゲは世界で850種もあると云われる。関谷さんは50年かけて、6000本を生育。日本国内では最も多いという。
さらに、シャクナゲを求めて中国、インド、ネパール、ブータンなどを旅し、写真を撮ってサイトに載せている。
当然、シャクナゲに関する本も集めている。
「『Rhododendrons of China』全3巻のうちⅢがなかなか手に入らなかったのですが、鳥海書房で見つけたときは嬉しかったです。また、『Joseph Hooker’s Rhododendrons of Sikkim-Himalaya』(1849)という図譜は古書目録に380万円で載っていて買えませんでしたが、のちにイギリスのキューガーデンで復刻版を見つけて買いました」
中国やイギリス、ニュージーランドの古書店でも、植物に関する本を買ったという。
「本を集めるのには、こだわりがないと面白くないですね」と関谷さんは云う。
「この本も大切にしているんです」と関谷さんが見せてくれたのは、『森へ――ダリウス・キンゼイ写真集』(アポック社出版局 1984)という大判の本だった。アメリカ開拓時代の森の伐採を撮影した写真集で、中上健次が解説を書いている。
「『BE-PAL』で紹介されているのを見て、本屋に注文したらすでに絶版でした。その後、ブータンに行ったとき、たまたまこの出版社の社長と同室になったんです。後日、彼がこの本を送ってくれました」
本への執着が呼びおこしたような出会いだ。偶然だが、必然でもある。
一昨年、関谷さんはマダガスカルを訪れて、バオバブの木を見た。
「子どもの頃に読んだ『星の王子さま』を思い出して、3日間眺めていました」と感慨深げに話す。
シャクナゲ、旅、写真、そして本。関谷さんのやることには時間がたっぷりかかっている。その継続が深みを生むのだろう。いつかこの寺で、関谷さんの説法を聞いてみたいと思った。
南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、共著『本のリストの本』(創元社)などがある。
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