古本屋ツアー・イン・ジャパンの2020年総決算報告古本屋ツーリスト 小山力也 |
2020年という、昭和生まれにとっては昔に夢見た、もはや遥か未来の世界に突入している時代に、まさかこんな世界的規模の災禍に見舞われようとは、いったい誰が想像したであろうか。謎の新型コロナウィルスが出現し、パンデミックをひき起こしてから、すでに一年以上が経過しているが、いまだ終息に向かう気配はない。我々はただ、感染予防対策を地道に施し、ワクチンの完成&接種か、集団免疫の獲得を待つことしかできないのである。とは言っても、そんな歴史的状況下でも、人々の生活は、水の流れのように止めどなく続いて行く。生きるために仕事もしなければならないし、また様々な制限下でも、その中で人生の栄養としての娯楽を楽しんだりしているのだ。人はパンのみにて生きるにあらず!
私にとっての娯楽とは、もちろん古本屋さんに足を運び、古本を買うことである…いや、娯楽というより、これが人生そのものと言っても過言ではない。一回目の緊急事態宣言発出以降、状況は二転三転し、もはや地方の古本屋さんを訪れることは、ちょっと難しくなってしまったが、生息している東京・阿佐ヶ谷周辺のお店を執拗に巡り訪れることで、どうにかこうにか人生を謳歌している。窮屈ではあるが、制限された中での小さな自由を楽しんで行くしかないと、今は己に言い聞かせている。そんな、今までとはガラリと変わってしまった、一年を振り返ってみよう。 一月~六月の上半期はすでに前回のメルマガで報告済みなので、駆け足に済ましてしまおう。一月には新開店の吉祥寺「防破堤」・黄金町「楕円」・西荻窪「ロカンタン」を訪れ、御茶ノ水「三進堂書店」の閉店を目撃。二月には椎名町の魔窟古本屋「古書ますく堂」が大阪へ移転。新江古田に福祉系古本屋「潮路書房」を発見する。三月には東小金井の「BOOK・ノーム」がひっそりと閉店。そして四月には中央線の至宝「ささま書店」が大盛況の閉店セール後に潔過ぎる閉店を決行。長らく改装休業していた東村山「なごやか文庫」が新装営業再開する。また緊急事態宣言発出後、多くのお店がひと月ほどの休業に突入してしまう。これは仕方のないことだったが、やはり激しく寂しかった。五月には国立「みちくさ書店」が至近のデパートビルに移転開店。六月には調布の「円居」や王子の「山遊堂王子店」が閉店してしまった。 そして七月。神保町パトロールの折りに、以前から気にしていた「神田書房」の閉店を確認してしまう。アダルトメインのお店だったが、店頭の二台の百均文庫ワゴンは、なかなか豊潤であった。吉祥寺「古本センター」は緊急事態宣言下も感染予防対策を施しお店を開けてくれていたが、店内に『コロナとの本格的な戦いはこれからです』『コロナとは永い戦いになります』などのテープラベルが出現し、依然として変わらぬ状況の厳しさを示していた。なおこの頃、すでにほとんどのお店が、入口に消毒液を置き(吉祥寺「よみた屋」はマスクも置き、入店時に装着するよう徹底した対策を採り始めていた)、帳場周りにビニールシートを巡らすスタイルを確立している。また、閉店後も色々な噂が流れ、古本好きの耳目を集め続けていた旧「ささま書店」跡地には、「古書ワルツ荻窪店」が堂々開店。店内にほぼ千円以下の安売本を雑多に並べる古本市形式で(掘出し物多し!)、今では「ささま」閉店の穴を埋めるほどの活躍を見せている。おかげで三日も開けずに通い詰めなければ気が済まない定点観測店となってしまった…。 八月には代田橋のリトル沖縄の一角に「flotsam books」という洋書写真集を核に扱うお店が開店。九月にはこの頃、地元近くの古本屋さんをじっくり回り続ける成果として、荻窪「竹中書店」の木製店頭台の面白さに目覚めたりもした。古い映画関連の紙物や、特撮映画のパンフ、白樺派の文学本等を百〜二百円で見付けたことにより、日々店頭台の動きに思いを馳せるようになってしまった。十月には貰い火事で移転することになった武蔵小金井「中央書房」が、より駅の近くになって新規開店する。そして経堂の「大河堂書店」が惜しまれながら突然の閉店。最後の最後に白井喬二の幻の初単行本、元泉社「神變呉越草紙」を函付きで千円で買えたりして、本当に訪れる度に古本心をビョンビョン弾ませてくれる名店であった…これで経堂には、一軒も古本屋さんがないことになってしまった。十一月には西荻窪の「花鳥風月」が閉店半額セール後、閉店予定の十二月を待たずして閉店。また武蔵小金井には八十〜九十年代カルチャーに強い「古書みすみ」が開店。おかげで武蔵小金井に、「中央書房」→「古書みすみ」→「古本はてな倶楽部」の、ちょっと距離はあるが古本屋ゴールデンルートが出現することになった。そして十二月、コロナ禍でお店を閉め気味だった高円寺の「都丸書店」が、大晦日に店舗営業を終了し、同時に2020年も幕となった。都丸は人文系の硬い老舗であったが、まだ高架下にお店が通じていた頃、そこの壁棚と入口付近の古書棚には、大いにお世話になった。ここで買った大正時代の表現派代表戯曲「転変/エルンスト・トラア」は、今でも大事な宝物である。 やはりコロナ禍をひとつの機会としてお店を閉め、ネット営業に移行するお店が増えた感のある、古本屋界激動の一年であったのではないだろうか。古本市も緊急事態宣言解除後、マスク着用、入場前の手指消毒&体温測定、入場人数制限など対策を施し、徐々に開かれるようになって行ったが、感染者数の増減により、開催が左右される、不安定な状況が続いている。こんなことばかり書いていると、いまだに先が見えない五里霧中の状態なので、暗く不安になりがちだが、それでも面倒な感染対策等色々やることが増えながらも、多くの古本屋さんは開いているし、古本を売ってくれているのだ。お店にはただただ感謝である。とにかくコロナ禍が沈静することにより、煩わしいマスクを取り外し、帳場周りのビニールも外され、古本屋さんという知の空間を、お客さんとの距離や滞店時間など気にすることなく、気兼ねなく楽しめる日を、一刻も早く取り戻したいものである。 最後になるが、2020年の自分にとっての古本屋さんベスト・トピックを選んでみると、やはり阿佐ヶ谷の「古書コンコ堂」で、五月〜十二月に五月雨式に棚出しされた、古い探偵小説群に出会い、三十冊以上買いまくったことであろうか。普通では手を出しかねる稀本たちが、函ナシ・イタミなどがあるために、安値でドシドシ並ぶ驚き! 家の近所で、予想外のお店で探偵小説に出会う喜び! ついついほぼ毎日お店に立ち寄り、棚の変化を決して見逃すまいと興奮しながら血眼になる楽しさ! 一番の獲物は、共に函ナシでイタミがあるが。大日本雄辯會講談社「評判小説 蜘蛛男/江戸川乱歩」と六人社「真珠郎/横溝正史」である(計一万四百円也)。まさか、この二冊が手に入る日が来るなんて…。『探偵小説狂想曲』とも呼べる興奮の日々は、改めて古本屋さんの楽しみ方を、体感しまくった時間であった。 小山力也 2008年5月からスタートした、日本全国の古本屋&古本が売っている場所の、全調査踏破を目指す無謀なブログ『古本屋ツアー・イン・ジャパン』管理人。西荻窪「盛林堂書房」の『フォニャルフ』棚で、大阪「梅田蔦屋書店」の古書棚で蔵書古本を販売中。「本の雑誌」にて『毎日でも通いたい古本屋さん』連載中。 |
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