東京神田で創業100年神田古書店連盟 矢口書店 矢口哲也 |
前回までは神田古書店街の今昔について駆け足でたどってきました。神田には創業100年を超える書店が10軒以上あります。お陰様で当店も3年前に100年書店の仲間入りをさせていただきました。これもご愛顧いただいているお客様のおかげと深く感謝しております。 矢口書店の創業者、矢口潔郎は明治23年長野県松本市近郊の有明村に生まれました。歌人の窪田空穂は潔郎の叔父にあたり、潔郎の息子たちの名付け親でもあります。明治41年に上京した後、東京堂書店などに勤め、大正7年に神田区錦町で古書店を開店しました。大正11年に中猿楽町(現在の神保町二丁目偶数番地辺り)に移転し、昭和9年に現在の場所に移ったそうです。ここに越してきた頃、屋号を一度『靜専堂書店』に変えました。新宿中村屋の創業者である相馬愛藏さんご夫妻に大変お世話になったそうで、中村屋に関係する冊子の編集や発行をしていた時期もありました。この頃、店にはクマという名の黒猫がいたそうです。 戦争が終わり、昭和26年に父が勤めを辞めて店に入りました。その頃、現在の『矢口書店』に屋号を戻したと聞いています。当時は神田に新本屋を含め本屋が100軒以上あり、古書は余り売れなかった時代だったそうです。そのため古書店の専門化が進んでいき、父は好きだった映画や演劇(主に新劇)に関する本を中心に集めるようになりました。映画や新劇は歴史が浅く、書籍の数も少なかったので、店内を専門書で埋めるのは大変だったようです。昭和50年「映画・演劇・戯曲・シナリオ」専門店の看板を掲げました。映画のパンフレットやチラシなどを、中古品として売り物にした先駆けだったのではないでしょうか。当時は外国の映画やTVドラマがとても人気があった時代で、「スクリーン」や「ロードショー」といった外国のスターを扱う雑誌も人気でした。当時映画の専門店は珍しく、雑誌やTVなどが時々取り上げてくれました。 昭和54年に父と懇意にしていた映画監督の谷川義雄さんが編集した『シナリオ文献 戦後篇』を出版しましたが、これはシナリオ掲載書籍を調べることができる本として評判になりました。読みたいシナリオを検索し、雑誌のバックナンバーや書籍を買って頂けるので、矢口書店の売り上げにも貢献したと思います。好評だったこともあり、昭和59年に増補改訂版を出しました。 平成7年に支店を出しましたが上手くいかず3年程で閉店しています。この頃から店に動物が戻って来ました。初代のクマのようにシマリスやウサギなどが時々私たちと店番しました。現在のフクロモモンガは夜行性なのであまり店には出しません。 インターネットが普及し始めると、店舗まで足を運ぶお客様は以前よりも少なくなりました。そこで「BOOK TOWN じんぼう」や「日本の古本屋」などに参加出来るように、パソコンのデータやソフトウェアを改良しました。また、在庫や書籍データの蓄積に伴い、現在も続いている矢口書店の古書目録を、平成18年にはじめて出すことができました。コロナ禍でネットや目録による通販が出来ることは大変ありがたいことです。 平成17年に店に乗用車が突っ込む事故がありました。幸い夜中でけが人は無く、近隣の古書店を含むご近所の方々が出てきて助けてくれました。呆然としている私を気使って自分の家のブルーシートで壊れた店を覆ってくれたり、警察に連絡してくたりと何も出来ない私に代わって色々面倒をみてくれました。この時つくづくご近所の方たちのありがたさを感じました。相手の車も保険に入っていたこともあり、数ヶ月で店は再開できました。 生まれ育った街で家業を継いで生きていけることは、大変幸せなことだと思います。100年以上多くのお客様に御愛顧いただけたことに感謝し、そしてこれからも御贔屓頂けるように努力してまいります。 神田古書店連盟 |
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