茨の道の古本屋分布図古本屋ツアー・イン・ジャパン 小山力也 |
東京古書組合が百年史を編纂し始めたことは、編纂委員のひとりである、日頃から何かとお世話になっている西荻窪の盛林堂書房さんから聞き及んでいた。古本屋好きのマストアイテムとして、大阪古書籍協同組合『古本屋人生 あんなこと こんなこと』、札幌古書籍商組合『札幌古書組合八十年史』神奈川県古書籍商業協同組合『神奈川古書組合三十五年史』などは手に入れていたので、ついに東京も出すのか!と楽しみにするとともに、長年東京の古本屋さんを訪ね歩き、古本を買って来た者として、冗談めかしながらも半ば真剣に「機会があったら何か書かせてよ」とお願いしていた。通常、組合史は編纂委員と組合員の文章のみで綴られるものである。だからそこに部外者が割り込ませてもらう望みなど、薄いことはわかっていたのだが、そんな記念すべき本に、一介の古本屋好きとして少しでも関われたら、なんと素敵なことだろう!などと手前勝手に夢想していたのである。だが、これが、〝棚から牡丹餅〟どころか、〝薮を突ついて蛇を出す〟という故事を、地で行く事態を招くとは、予想だにしていなかった……。
二〇二〇年八月、盛林堂さんより仕事の相談があると言われ、話を聞くことになった。このご時世仕事の話なら、何でも嬉しいものである。その仕事とは、組合百年史についてのものであった。これは何か一文書かせてもらえるのか!と色めき立ったら「地図を作って欲しい」という、意外な依頼であった(私の本来の職業はグラフィックデザイナーである)。組合所属のお店を、現在と昭和六十二年近辺の二つの時代を重ね合わせ、神田支部・新宿支部・中央線支部・南部支部・文京支部・北部支部・東部支部の七つに分け、それぞれを見開きで紹介したいという。だがこれを聞いた瞬間、激しく尻込みしてしまう。無理だ、とても無理だ。新宿・文京・神保町(店数はとてつもなく多いが)など、一地区にわかりやすく固まっているところは地図化できても、果てしなく横に広がる中央線支部や、広大な上に店数も多い南部支部を見開きにまとめるなんて、絶対に無理だ!と即座に気付いたので、相当の難物であることを伝えつつ「よくわかっている広報さんが作成した方がいいんじゃないの」などと言ってみるが、盛林堂さんは柳に風と言った感じで、「とにかく作ってみて欲しい。やり方は任せるし、ページ数もどうにかするから」とやんわり説得され、ついには「作り始めてみないと、どんな形になるかわからないから、作業を進めつつ色々相談させてください」と言うことになってしまった。 しかしいったいどうしたものやら……そうこうするうちに九月になり、組合所属店の全名簿と、広報さんがある程度ネット地図にお店をプロットしてくれたものが迅速に届き、プレッシャーをかけられる……まず、作り易いところから手をつけてみよう。そう決めて、グズグズしながらも、手始めに新宿支部の地図を作り始める。これはさすがに上手くまとまった形で、容易に見開きに収まり事無きを得た。十月に編纂委員会にサンプルとして提出。この時「こんな地図じゃダメだ。こんないい加減なものを百年史に載せるわけにはいかない。やめだやめだ」……などと言われ、これ以上地図を作らなくてよくなることを期待したが、意外にもサンプルは好評を持って迎えられ、「早く他の支部も見たいので、この調子で続きも作って欲しい」と言われてしまう始末。おまけにページ数が増えても構わないと、お墨付きまでいただいてしまった…あぁ、やっぱり作らなければならないのか……。 そこからは、茨の道の試行錯誤の連続である。ページ数に拘らずによくなったとは言え、広い地域に跨がる支部は、詳細な地図化は大変に困難である。そこで発想を転換し、各支部の中に走る鉄道路線を基準とし、駅を目印としてその周辺にお店を配置する形を採ることにした。だが実際の地図や鉄道路線図をそのまま誌面に落とし込むわけにはいかないので、まずはページの形に収まるように、空間をあっちゃこっちゃ捩じ曲げ、手書きで地図を作ってから、それをデータ化して行った。しかも、現在のお店と昔のお店を、見落とさぬよう重ね合わせて行く……地獄のような、果てしなく地味で細かい複雑怪奇な作業であった。一瞬、大好きな古本屋さんが嫌いになりそうになった……だが、作業は年を越し、何とか一月には全支部のサンプルが出せるところまで漕ぎ着けたのである。結局ページ数は十四ページから二十三ページに増大。そして当初の〝古本屋地図〟というよりは、東京に散らばる古本屋さんを俯瞰するような作図になっていたので、名称を〝古本屋分布図〟に変更。そこからは各支部の編纂委員の方々にご迷惑をかけ、何度も何度も校正をかけていただき、修正を加えつつ次第に完成へと近づいている次第である。 長い長い過酷な茨の道も、ようやく終わりが見えて来た。今はもうただただ、難儀した分布図が無事に収まった本が、出来上がって来るのを楽しみに待つばかりである。 東京古書組合刊 『古書月報506号』2021年6月より転載 古本屋ツアーインジャパン |
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