コロナ禍古本屋生活2 本の引っ越し編
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この秋に古本の在庫を置いていた倉庫を引っ越すことになった。わたしのような古本屋に限らず本好きであれば、本の引越しがいかに難儀か想像いただけると思う。引っ越すことが決まってからというもの、頭の中から絶えず聞こえてくる「どうするんだ!倉庫の本は?」という声に煽られていた。その声はやがて、「これからお店をどうするつもりか?」という難問まで引き連れて来るから、さらにやっかいだった。
これまではありがたいことに同業のA書房さんが借りている倉庫に間借りさせてもらっていた。2年前、A書房さんが仙台市内で新たに倉庫を借りることになった。本の置き場に困り果てていたわたしは「少し本を置かせてもらえないでしょうか」とお願いしたところ、「いいですよ」と快諾してくれたのだった。 実はA書房さんの倉庫に間借りする前、大量の本は、あちこちに分散して置いていた。自宅マンションの4部屋のうちの2部屋と地下倉庫、仙台市内の夫の実家、福島県郡山市にあるわたしの実家の4カ所だ。自宅はとくに悲惨だった。ある時、布団を敷くスペース以外は家中すべてが本に埋め尽くされたことがあった。当時小学生だった娘の友だちが遊びに来て、昼間だというのに本で塞がれた薄暗い室内を見て「なんかこの家怖い」と言って泣出し、すぐ帰ってしまったということがあった。 家じゅうが本だらけになっても一向にわたしが気にならないのは、子どもの頃の体験が関係している。父は筋金入りの男尊女卑の考えで、「女が本を読むと賢くなってロクなことがない」が口癖だった。そのためわたしはいつも隠れて本を読んでいた。高校生の頃、わたしが家に帰ると父が庭で何かを燃やしていた。それはわたしが押し入れに隠していた本だった。「燃えにくいな」と憎らしそうに長い棒で本をブスブスと突き刺していた。その光景があまりにも強烈すぎて、かえって本が好きになった。本に囲まれると毛布にくるまっているようなほかほかした気分になる。結果的に父はわたしの本好きの心にも火をつけたといえる。 そうそう、今回の引越し先であるが、そもそも仙台は地方都市の割に家賃が高い。店の家賃に加えて、倉庫の家賃を払う余力はないので、間借りをしてしのいできた。さらに、今は長引くコロナ禍の影響で先行きが見えない状況にある。当店にとっては事業を拡大するなど無謀といえる。 皆川さんは東北大学大学院在学中に、仙台で事業を始めた。しかし、震災後子どもを連れて山梨県に引っ越して行った。震災から10年が経ち、子育てが一段落する来春、仙台に戻ってくるという。「仙台で事務所と倉庫を借りなくては」と語る皆川さんに、わたしは一筋の光明を見た思いだった。思い切って「一緒に倉庫を探して借りませんか?」と提案してみた。すると、皆川さんは驚きながらも、「シェアしましょう!」と言ってくれた。大の読書家でもある皆川さんは、本の置き場の悩みにも共感してくれたのだ。 それから3ヶ月、知り合いの不動産に依頼し、仙台市内の空き物件を見て歩いた。一階である程度広さがあり、道路にトラックが停められ、手頃な家賃という条件では、そう簡単には見つかるはずはなく、ここはと思っても断られたりもした。しかし、ついに私の店から車で10分の場所に、倉庫が借りられることになった。それからは、ひたすら本を紐で縛り、箱詰めする日々が続いている。ああ、本の落ち着く先が決まって本当によかった。今度はオリーブ・オイルと一緒だ。 引越しをしたことで、「これから店をどうしよう」という迷いも落ち着いた。かつてのわたしのように本に飢えた人がいつか訪ねて来るかもしれない。縁あって当店に来てくれた本たちを次の方に手渡せるようきれいに整えておこう。今はお店を始めてから何度目かのスタートなのだと気持ちを新たにしている。 火星の庭ホームページ https://kaseinoniwa.com/
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