文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大

古書を探す

メールマガジン記事 シリーズ古書の世界

古本を柳田国男の「偶然記録」として読む――著者の意図や観点からズラす(古本の読み方2)

古本を柳田国男の「偶然記録」として読む――著者の意図や観点からズラす(古本の読み方2)

書物蔵

 

 前回、古本とは時代がズレている本で、それが価値観のズレに自動変換されるので、そこを突っ込めば楽しく読めるはずと説いた。今回は、観点をズラシて読む読み方をご紹介する。もちろん、新刊書でもこれは使える方法なのだけれど、特に古本について有効なのだ。

■いま生きている業界/知識分野ならよいけれど
 現在、日本人はプラモデルをどこでどうやって買うものなのだろう? トイザらス? まぁ、家電量販店かネットだろう。しかし、昭和後期は百貨店や文房具屋、駄菓子屋で買ったものだった……などと、誰かがすぐ答えてくれればよいが、当事者に聞くという手法は同時代でないとできない。20年ほど前からプラモデルの歴史本も出始めたが、メーカーの歴史や製品の歴史が主であるし、専門誌や業界紙を探しても、なかなか消費者(受容者)の姿は見えてこないものである。そんなときどうすればよいか?

■(読み方)「計画記録」を「偶然記録」として読む
 そんな時には「偶然記録」を使うんだよ、と民俗学を創った柳田国男は1935年に指摘している(『郷土生活の研究法』)。「文字を筆者の計画した以外の問題を明らかにするため援用」して記録を読んでしまえばよいのだという。つまり「偶然記録」として他の用途のための「計画記録」を読んでしまえ、というのだ。具体的には……。

■(事例)謄写版って、どんなところに普及してたの?
 最近、同人誌の歴史に興味を持っている。同人誌といえば、手書き回覧誌から始まるが、その次の段階は「軽印刷」、具体的には大正期に普及した謄写版がすぐに思いつく。謄写版は戦前期、どんなところに普及していたのだろう?
 この前、古本仲間の「兵務局」*さんに本を1冊ゆずってもらった。
 ・倉本長治『腕一本で儲かる外交(改訂版)』(商店界社, 1928)
 ここで「外交」というのはdiplomacyのことではなくて戦後期の「外交さん」に近いというか、今で言う「営業職」や、訪問販売のことと言ってよい。ミシン、保険、出版物、広告、時計、印刷、服、タイプライター、レジスター、金庫、自転車などなど、40種類の売り物について、その訪問販売のやり方が書いてある実用書がこの本である。著者の取材できたものは何でも載っているのだろう、肖像画の注文販売などという、かなり珍しいものもあるが、この中に「謄写盤」(謄写版のこと)も出てきて驚いた。
 読んでみると、どうやら現在のコピー機リースに近く、謄写版の外交員はメンテナンスの仕事がメインであるらしい。「得意先の大部分は、諸官署、学校、各組合等の大きい処だけで、本店の方からその外交員が出張する前に予め挨拶状を出しておくから、その外交員は知らないその土地へ乗り込んでも気安くお得意周りが出来やうと云ふものである」(p.315)と、いささかノンキな書きぶりだが、重要なのは前半で、要するに昭和初年段階で、地方でも、諸官署、学校には普及していたが、それは「大きい処だけで」あった、とこの記事から類推できるわけである。そういえば、地方で同人誌を作った際に、学校に謄写版を借りに行った話をどこかで読んだ憶えがある。
 まぁ謄写版の歴史は田村紀雄, 志村章子『ガリ版文化史:手づくりメディアの物語』(新宿書房, 1985)を見ればあらあらわかるのだが。

■(事例・読み方)実用書をドキュメンタリーとして読む――貸本屋の場合
 上記のような開業ハウツー本は、ある種の実用書として「街の本屋」に棚差しであった。例えば、たまたま手元に、小高正芳編著『バッタ商法経営のすべて:ディスカウント・ショップの仕入れ方法から販売まで! (業種別経営実務シリーズ ; 37)』(経営情報出版社, 1984)があるが、ドギツい装丁で、バッタ屋経営術がいろいろ書いてある。
 この手のハウツー本の始めは、明治末にあり、『明治事物起原』を書いた石井研堂の『独立自営営業開始案内』第1-7編(博文館, 1913-1914)が初期では最も詳細なもの。手元に「第二編 新古書籍業、新聞雑誌取次業、絵葉書絵双紙業、貸本業」があるのでちょっとのぞいてみる。
 貸本業には三種類あるという。持ち込み式と店舗を構えるもの、そして「高等貸本」。細かく読むといろいろオモシロい。持ち込みは苦学生がさかんにやったが「この種の貸本者に限って、少し心易くなった者には、猥褻な書物や発売禁止〜〔の〕悪書を」貸して儲けようとしたから当局が厳しく取り締まったとある。なるほど、明治期、「悪書」を読みたければ持ち込み式貸本屋さんに交渉すればよかったのか、とわかる。
 高等貸本は「東京中に数十軒有り〜一種の小さい図書館のやうな観をなして」いるという。なるほど、大東京に本格的図書館が2,3館しかなくって済んだのはこのためか、とわかる。「勿論、軟かいものも備へてはおきますが、堅いものを本位として」いるとも。大多数を占める通俗貸本店では八割が「程度の低い講談物」だったなどと、蔵書構成に到るまで、手にとるようにわかるのだ。

■著者の意図や観点からズラして読む
 社会教育に並々ならぬ情熱を注いだ石井研堂は、おそらく「悪書」追放側であったろう。しかし、私のような歴史趣味家の観点で読むと、まさに彼の記述から、悪書の流通ルートがわかったわけである。彼のハウツー本は、私にとってまさに柳田国男のいう「偶然記録」となったのだ。

* https://twitter.com/truppenamt

thumbnail_IMG_9205

書物蔵
本格的古本歴は15年ほど。興味は日本図書館史から近代出版史へ移行し、今は読書史。
共書に『本のリストの本』(創元社、2020)がある。

ツイッター
https://twitter.com/shomotsubugyo (2009年~)

Copyright (c) 2019 東京都古書籍商業協同組合

  • コショな人
  • 日本の古本屋 メールマガジン バックナンバー
  • 特集アーカイブ
  • 全古書連加盟店へ 本をお売り下さい
  • カテゴリ一覧
  • 画像から探せる写真集商品リスト

おすすめの特集ページ

  • 直木賞受賞作
  • 芥川賞受賞作
  • 古本屋に登録されている日本の小説家の上位100選 日本の小説家100選
  • 著者別ベストセラー
  • ベストセラー出版社

関連サイト

  • 東京の古本屋
  • 全国古書籍商組合連合会 古書組合一覧
  • 想 IMAGINE
  • 版元ドットコム
  • 近刊検索ベータ
  • 書評ニュース