古本屋ツアー・イン・ジャパンの2021年総決算報告古本屋ツーリスト 小山力也 |
2021年という、子供の頃には想像もできなかった遠い未来に、何とかしぶとく生きている。しかも、新型コロナウィルスがパンデミックを巻き起こしている、さらに想像も出来なかった未来に。まったく収束の気配を見せぬ新型コロナウィルスのために、マスク着用・手指消毒・不要不急の外出制限・人間同士の過剰なまでの距離の意識・ワクチン接種などが日常化してしまい、生活様式は強制的に変質してしまった。当然不特定のお客さんが来店する古本屋さんも、消毒のためのアルコールを店頭に常備し、貼紙でマスク着用を促し、帳場にはビニールシートを張り巡らせ、お店によっては入店制限もし、また度々発出される緊急事態宣言のために時短営業や臨時休業を余儀なくされるなど、営業形態の変質を選ばなければならぬ日々であった。ということは、当然古本を買いに来るお客さんもそれに巻込まれ、一時期は古本修羅が生きて行くのに決して欠かせぬ馴染みのお店が臨時休業してしまう、憂き目にも遭うこととなった。 だが、感染予防が長期化するとともに、刻々進化するウィルスに対抗するように、人間の側も日常生活として日々を送れるように、知恵を絞りつつ、“慣れる”ということを受け入れつつあったのである。2021年は、そんな希望ある締念が、世間に充満しつつある年であったように思う。“希望ある締念”を受けれ入れつつあったからこそ、どうにか古本屋さんをたくさん訪れ、古本を買える一年となったのである。そんな激動続きの一年を、古本屋さんと古本を軸に、個人的に振り返ってみよう。 相変わらず東京近辺の古本屋さん事情になるが、新しく開店したお店について記述して行くと、神保町の「大島書店」跡地に「光和書房」が誕生。高級な書跡関係を商うお店だが、店頭にはいい感じの古書が居並ぶ素敵なお店である。吉祥寺には新刊と古本の絵本を並べる「あぷりこっとつりー」が開店。さらに同地には、「古本のんき」が駅東側にお店を構え、スロースタートであったが、街の古本文化をしっかりと支える頼もしいお店に成長している。荻窪にはネット売りのお店ではあるが、店頭で少々古本を並べる美術系に強い「中央線書店」がお目見え。ゆくゆくはちゃんとした実店舗も開く予定とのことなので、首を長くしてその朗報を待っている最中である。高円寺では元クリーニング屋にたくさんの本を並べた「ホワイトハウスのクリーニングまるや店」という珍妙なお店が出現。店主の読了本である、英語関連・歴史関連・世界関連を安値で並べ、お客さんの来店をラジコを聴きながら待ちかねている。代田橋では、元キネマ旬報編集者が開いた小さな小さなお店「バックパックブックス」を目撃。昨今古本屋さんが減りつつある京王線沿いを地道に盛り上げていただきたいものである。中野富士見町では、神保町から移転して来た「菅村書店」が一部トランスフォームし「本とおかし リコリコ」なる地元密着型店をスタート。江古田では、「ポラン書房」の元店員さんが開いた「snowdrops」が強固で知的な棚造りで、催事で活躍する「一角文庫」とともに、「ポラン書房」の血を受け継ぐ決意を堂々表明していた。さらに同地では、雑貨屋さんの奥のスペースに間借りした「百年の二度寝」なる隠れ家のような若者向けのお店が活動を開始。国立の「谷川書店」跡地に出来た「三日月書店」は一般書も扱うが、アラブ・イスラム圏の洋書に強いお店。また松陰神社前にあった「nostos books」は祖師ケ谷大蔵に移転。駅から遠く離れた場所なのに、移転初日からたくさんのお客さんで賑わう人気ぶりを見せていた。浅草橋の森閑とした裏通りには「古書みつけ」が出現。地元の方々からの古本の寄付で成り立つ、いつか何かが出てきそうなお店である。鶴見市場の駅近くに開店していた「古本屋さいとう」は小さいながらも、古本に見る目を持った優良店であった。さらに番外編として、神保町に一瞬オープンした、尾道の深夜営業の古本屋さん「弐拾dB東京出張所」を挙げておきたい。店主の著書刊行記念としてのイベントであった。 さて、開店するお店あれば、閉店するお店あり。哀しく寂しい思いをグッと飲み込んで、一気に羅列して行こう(実店舗は閉店しても催事&通販で活動を継続しているお店も含まれる)。武蔵境「浩仁堂」(だがいずれ店売り復活の情報あり)大泉学園「ポラン書房」国立「銀杏書房」本郷三丁目「大学堂書店」高円寺「アニマル洋子」大井町「海老原書店」梶原「梶原書店」等が挙げられようか。今までたくさんの古本を扱い、捌いていただきありがとうございました! そして今年は、こんな風に古本屋さんが好き過ぎて、古本屋さんのお手伝いとして存分に活躍した年でもあった。懇意の古本屋さん「盛林堂書房」の買取時の助っ人として(ホームズの“ベイカー・ストリート・イレギュラーズ”に倣い“盛林堂・イレギュラーズ”と自称)、十八回の出動を数えた(余録として静岡の買取で狐ケ崎の「はてなや」に一瞬訪問出来たのは嬉しかった)。その出動の半分は何と、稀代のアンソロジストでミステリ評論家の日下三蔵氏の書庫の片付けであった。氏の書庫は、日本でトップクラスのミステリ蔵書を誇る貴重で重要な場所なのだが、いかんせん蔵書が多過ぎて、長らく人の踏み込めぬ人智を超越した魔窟魔境となっていたのだが、氏と我々の地道な努力により、資料としての蔵書が並ぶ本来の書庫としての姿を取り戻しつつある。だが、まだとてもとても完全とは言い難いので、この片付け作業はまだまだ続くことになりそうだ。 そんな古本屋さんに関する仕事と言えば、編集やデザインで関われた幸福な年でもあった。まず筆頭に挙げるなら、「東京古書組合百年史」の『古本屋分布図』を作成したこと。東京の七支部に属する古本屋さんのの過去の姿と現在の姿を、見え易く分かり易く図にする、過酷過ぎるお仕事!その成果は、どうか本を繙きご覧いただければ幸いである。その仕事に付随して、東京古書組合の新ポスターをデザインさせてもらったのも、身に余る光栄であった。さらには2015年に古本ライター・岡崎武志氏と共編した「野呂邦暢 古本屋写真集」をちくま文庫から再刊出来たのは、まさに奇跡であった。先に岡崎氏が編集した同じちくま文庫「愛についてのデッサン/野呂邦暢」が地道に増刷を重ねた結果、その勢いと「愛についでのデッサン」の副読本としての効果を見込み、動いた企画である。作家が秘かに撮影していた、七十年代の古本屋の貴重な姿を、たくさんの人の眼に届くように残せたことは、冗談抜きで私が今まで生きて来た意味があった!と思うほど、意義のあるお仕事だったのである。 このように、通年と変わらず古本屋さんに捧げた日々を過ごして来た。今年もまた、様々な困難が襲いかかるであろうが、跳ね飛ばしたりすかしたりして、古本屋さんに楽しく耽溺して行こう。ちょっと遅めではありますが、古本屋さんたちよ、今年も何とぞよろしくお願いいたします。 小山力也 |
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