生誕120年没後30年反町茂雄文庫展を終えて長岡市立中央図書館 井口麻子 |
長岡の図書館において三大恩人はと聞かれると、大正7年に互尊文庫を開館し運営資金も含めて寄附した実業家野本恭八郎。空襲で焼失してしまった互尊文庫の復興を願い昭和23年に再建資金を寄附した繊維商内藤伝吉。そして昭和51年から図書館の資料の充実に向けて、数多くの郷土資料を長岡に納めた反町茂雄氏(以下反町)を挙げている。
反町は新潟県長岡市出身、東京で古書肆弘文荘を営んだ。古典籍を多く扱い古書業界の育成だけでなく、大学、図書館、研究機関の蔵書構築に貢献した。反町が寄附した掛軸・錦絵・古文書などの資料を中心にした反町茂雄文庫は長岡の図書館を構成する大きな核の一つである。 この数年間、反町を身近に感じていた。事務室のキャビネットに歴代の館長が残した昭和51年頃からの書簡綴は「反町茂雄文庫綴」と背に書かれている。弘文荘特製の便箋に書かれた青いインクの文字から、凛とした上品さと図書館と資料に対する熱意を感じる。この綴を数年来読み続け、反町をよく知った人のような気持ちを抱いていた。故稲川明雄元館長からは、本の持ち方から指導されたことや安い本を買って怒られたといった話を聞いていたが、図書で拝見する写真では丸い眼鏡のにこやかな印象のお顔ばかりだった。 このたび生誕120年没後30年という記念の年に反町茂雄文庫展を行ったことで改めて、偉大な恩人と向き合った。特に反町の寄贈だと知ってもらいたかった資料が「塵壷」である。長岡藩の家老であった河井継之助の安政6年の西国遊学の旅日記で、この資料は「長岡に在る事が最も望ましい」と反町の書簡に書かれていた。長岡にかつてあった資料が散逸することを防ぎ、長岡に収めたというのはほかの仕事にも通じる反町らしい仕事だと感じている。そして丁寧に外箱を作って長岡市に寄贈された。貴重な資料はふさわしい場所に収まると考えた反町の考えが行動に現れたものであった。 今回の展示企画は昭和53年に反町が自身の目で選び解説を行った展覧会の再現を軸にしようと最初に思い描いた。昭和53年当時の写真が残っている。羽柴秀吉が佐々成政に宛てた書状を前にして、熱心に解説をしている。当時どのような気持ちで、資料を選んだのだろうか。思いを馳せて会場の冒頭に当時の再現コーナーを配置した。どのような解説を付けても、反町が当時語った言葉は再現できないが、私たちはその並んだ資料から想像をして、それぞれの資料の特徴、貴重さを文字にしていく。秀吉の書状を前にすると、新潟に深いゆかりのない資料をなぜといった疑問がわく。当時の書簡の中には「越後との直接には関係ありませんが、間接的乍ら、豊太閤関係としてあってもよいのではないかと考えて居ります。」と書かれている。 寄附が始まった当時の長岡の図書館は互尊文庫という、現在は地域図書館になっている図書館のみであった。当時互尊文庫の資料を見た反町は資料面で物足りなさを感じ、長岡の図書館に貴重な資料を持たせることで、図書館の格を上げたいと思っていたのではないだろうか。反町が郷里長岡にいたのは小学校3年生の頃まで、その後は帰郷して読む本が手元になくなると、戦前の互尊文庫を利用していたという。郷土への思いが資料の寄贈につながった。 展覧会に関連するイベントとして12月12日(日)に「古書肆弘文荘 反町茂雄さんの想い出」と題し、八木書店の八木壮一氏・乾二氏、浅草御蔵前書房の八鍬光晴氏、安土堂書店の八木正自氏の老舗古書店主4人によるオンライン座談会を行った。東京と長岡の会場を結び、反町の薫陶を直接受けた皆さんから思い出を聞くことのできる貴重な時間となった。 浅草御蔵前書房の八鍬氏はこれからお店をどのようにしたらというときに、渡されたのは『商売繁昌』(三宅菊子/著、阿奈井文彦/著 中央公論社 1976)であった。唯一読むように勧められた本だという。そして弘文荘でつくられた絵はがきをしめし、これらに掲載された貴重な資料を一生に一度でいいから扱いたいと言って、いまだ反町に対するあこがれを語った。 八木乾二氏からは「入札会の目録を作成するときに、一刷りするごとに持って行って承諾をもらう。」といった手順を踏み、印刷については特に厳しい方だったという思い出を伺った。古書の世界に身を置く方たちの数々のエピソードから古書業界の厳しくストイックな世界を垣間見た。 今回の展覧会の開催に際して、ご協力いただいた関係者の皆様、諸機関各位に厚く御礼を申し上げたい。 展覧会全体を通して私たちにできることは、この資料を後世につなぐことと、反町が郷土を思う気持ちに応えられるような図書館であり続けることだと思う。貴重な資料を保存しながらも、「その展観・出品等により社会教育の一端にもなる」と書簡にも書かれているとおり、皆さんにご覧いただける機会を設け恩義に報いることが少しできたと感じている。
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