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古本屋四十年(Ⅳ)

古本屋四十年(Ⅳ)

古書りぶる・りべろ 川口秀彦

 今までに二度『街の古本屋入門』の名を出したのは、私が著者を意識し続けてきたからである。著者の志田三郎は本名石田友三、私が神奈川古書組合に加入した直後の84年に神奈川組合の理事長になった人である。その年から『神奈川古書組合三十五年史』が出た92年秋までの8年半で、神奈川組合の新規加入者は約20人いる。組合や市場の仕事の関係で私はその全員から古本屋になった動機を聞いているが、10名がはっきりと石田の本の影響が最大の要因だと答えていた。そうでない人も石田の本を読んでいる人が多かった。石田の次の理事会の理事となった私が、石田の存在と影響力を意識したのはこの頃である。

 もっとも、最大の要因だと答えた10人のうち現在も組合員でいるのは2人だけで、その2人とも、とっくに店舗をやめて無店舗通販のみの古本屋になっている。『三十五年史』を出した時の組合員は169名、増減があって現在は104名、そのうち92年から続いているのは42人、店舗営業を続けているのは27人である。92年の頃には無店舗だと組合加入を原則として認めていなかったから、この30年の間に街の新刊屋がなくなった以上に街の古本屋もなくなっているといえる。小資本で始められる古本屋だから、うまく行かない時に転業を決意しやすいのかも知れない。

 神奈川というのは古本屋の営業形態の新機軸が出てくる土地柄なのか、80年代に『街の古本屋入門』の影響下にあるような小資本型の古本屋、90年少し前からロードサイド型といえる「古本小屋」などのチェーン店とその系譜につらなるブックオフ、インターネット通販では今世紀初め頃からの紫式部、いずれも神奈川が発祥のようだ。

 紫式部については良く知らないが、最初の頃のその事務所の住所は当時の私の自宅から30mも離れていない場所だった。そこは私と同年輩の女性が始めた古本屋で、90年代後半の創業の組合員だったが、彼女が間もなく病を得てからは会えなくなり、紫式部との関係については聞いていない。店自体も10年は続いていないで、閉店後に亡くなっている。

 私が組合員になった80年代半ば、神奈川組合には他業種転入組だが古本屋商売についての理論家と思える人が2人いた。1人は石田だが、もう1人は牧野誠という、石田よりは少し年上の人である。東京町田の古本屋高原書店がその広さで話題になりだした80年頃、横浜の繁華街伊勢佐木町の商業ビルでワンフロア80坪ほどの先生堂書店という広い古本屋をやっていた。私と牧野は横浜南支部という同じ支部所属で、その頃はまだ週1回やっていた南支部の支部市や、週2回の本部市で何回か話を聞いたことがある。古本業界は外への発信力を強化すればもっと儲けられるというようなことを聞かされたと覚えている。石田とはソリが合わなかったようで、2人の口論の現場に居合わせたこともある。石田理事会の後半に先生堂を人に譲り、牧野は組合を脱けて、非組合員として「古本小屋」チェーンを始め、そこから「ぽんぽん船」という古本屋チェーンが派生した。「古本小屋」「ぽんぽん船」の成功を見ていた坂本孝が牧野にロードサイド型古本チェーン展開のノウハウを聞いて相模原にブックオフの1号店を始めた。坂本と牧野ではチェーン系古本屋をシステムとして売るところは同じでも、牧野はまだ本という商材に坂本より愛着があったと思えた。牧野先生堂から出た古本屋が2人、今も神奈川組合で活躍中である。1人は数年前に自社ビルを持つまでになった長倉屋書店長倉健之、もう1人は現在の神奈川組合理事長の藤沢湘南堂西嶋 聖光である。西嶋は今は無店舗だが、一時は100坪規模の店を複数を持つ、多店舗・大型店展開の神奈川の筆頭古本屋だった。その店員からは現在も店舗営業をしている組合員の古本屋が6、7人出ている。非組合員として古本屋を開業したのはその倍近くいると聞いたが、そちらはほとんど古本屋は廃業しているらしい。牧野も石田も坂本も亡くなってしまったし、こんな神奈川組合史外伝みたいなことはここいらで終りとしよう。

 本物の『神奈川古書組合三十五年史』は、小田原の高野書店を中心として、多少の準備期間のあと、石田理事会の86年に発刊を決定し、商業協同組合発足後三十五年目の88年に発行するつもりだったのだが、実際に出たのは92年になっていた。本格的な編集執筆作業に入ってから満6年はかかってる。私も編纂委員の1人として分担執筆に参加し、編集者経験もあったことから、全体的な編集実務についても仕事を任されて「序にかえて」まで書いている。組合前史を入れたら三十五年ではなく六十五年史でもよかったのだが、戦前の神奈川の市場に2系統あって、多少の時間的なズレがあるので、誰もが異論のないところで、商業協組になってから三十五年という表題にしたのだ。

 この組合史編集には石田友三も参加している。石田と私が編集委員として並んだ本がもう1冊あって、そのことも私が石田を意識する大きな原因になっている。その本のことを書く前に、私の屋号についてもう一度。「りぶる・りべろ」は“自由な本屋”の欧文訳である。なぜ自由か、60年代末から70年代にかけての時期、自由という言葉の重さを思い、自由社会主義者評議会という団体のメンバーになったりしていたからだ。その団体は準備会のまま終ったが、簡単に言うと絶対自由主義というアナキズムに憧れていたのだ。石田と私が今世紀になる前後に編集委員となり、2004年に刊行されたのは『日本アナキズム運動人名事典』(ぱる出版)という本である。

 石田は95年に影書房から『ヨコ社会の理論—暮らしの思想とは何か』という本を出した。貰ったのか買わされたのか忘れたが、すぐに読んで、この元理事長は、いつもはパワハラ気味なのに根はアナキストなのかと思ったものだ。日常生活のアナキズム的な過し方を提唱している本である。この頃から非暴力をテーマとするアナキスト向井孝らとのつきあいが始まっていたのだろう。

 私とアナキズムとの関係は、60年代後半の学生時代に、マルクス主義の中でも前衛主導型ではないヨーロッパ・マルクス主義に魅かれていて、同じように評議会社会主義を唱える自由社会主義、いわゆる無政府主義とは少し違う理論形成をしようとするアナキズムに展望を見つけ、そうしたアナキストとつき会い出したのが始まりである。70年になって、麦社という全国規模のアナキスト団体の実務担当の若手労働力として数年間運営委員をやっていた。生活手段としての薔薇十字社などでの編集者稼業を表とすれば、裏ではボランティアとしてアナ系団体の仕事を週1、2回やっていた。薔薇十字社というのは、澁澤や種村などの著者たちも経営陣もアナーキーといえる人たちだから、そんな二重生活もさして矛盾を感じることはなかった。その二重生活の中から、私の古本屋への道が少しずつ築かれていたのだろう。

 薔薇十字社の先輩社員で営業担当の石井康夫という人が、下北沢に移る前の、確か早大正門通りにあった古本屋の幻游社でバイトをしたことがあり、店主の長沢久夫が薔薇十字社に来訪したり、こちらから下北沢へ訪ねたりして古本屋話を聞いていた。丸山たちと私が祐天寺のあるご書店の棚を作っていた頃には石井は日吉に本店のある古本屋誠文堂のできたばかりの戸塚の支店の店長をしていて、店主の内山勇夫を紹介された。内山はまだ開業して5年ほどで、古本屋開業についてのアドバイス、体験談を具体的に話してくれた。

 麦社の方では、麦社パンフレットの納品先として、後から新刊屋修業をさせてもらうことになる文鳥堂四谷店や模索舎、神田ウニタだけでなく、新丸子の古書店甘露書房にもよく行った。創業店主の高橋光吉は戦前はアナキズム系の労働運動の有力な活動家だったし、戦後は46年にアナキスト連盟に加わり、60年安保の頃は秋山清、大沢正道、向井孝らと自由思想研究会を結成、自店を発売元としたアナ系の出版物を出していた。また、それ以外のアナ系のパンフも置いていた。その頃、アナキズム文献を捜すなら甘露書房という定評があった。

 まったく礼を失しているのだが、私はこの東横線の古本屋2人、高橋光吉と内山勇夫の葬儀には参列していない。内山の時は組合の催事の仕事がはずせず、体調もよくなかったので不義理をした。高橋の時は意図的に行かなかった。組合に入ったばかりで古本屋に専心しよう、アナキズムから少し離れようと思っていて、アナ系の知り合いに会いたくない時期だったのだ。今はアナ系の人達とつき合っているのだから、まったく申し訳ないことをしたと思っている。誠文堂(移転した)は内山夫人が、甘露書房は子息と孫が店を継いで現在も営業を続けているがアナ系の本はないようだ。


神奈川古書組合三十五年史(1992年刊)

日本アナキズム運動人名事典(増補改訂版, 2019年刊)
書影は増補改訂版。2004年刊の元版の時から編集委員が、
半減したので、これには私の名は残ったが、石田友三の名はない。

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