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県立長野図書館(前編) 書庫の「中」と「外」をつなげる  【書庫拝見1】

県立長野図書館(前編)  書庫の「中」と「外」をつなげる  【書庫拝見1】

南陀楼綾繁

 大学に入った直後に、高校の同級生と一緒に国立国会図書館に行った。
 日本で一番大きい図書館ってどんなところだろうと興味津々、とにかく書棚の本を手に取ってみたいと思っていた。しかし、入館してすぐその期待は打ち砕かれる。手続きをして中に入ってみると、どこにも本棚はなく、中央に大きなカードケースが置いてあるだけだったからだ。
 手持無沙汰にケースを開けて中のカードをめくってみたものの、それ以上どうすればいいか判らずに、友人と顔を見合せ、そのまま帰ってしまった。何でもいいから1冊選んで請求してみるという頭がそのときは働かなかったのだ。それが閉架式の図書館との出会いだ。
 その後、図書館や文学館、博物館などに通うようになって、開架として表に出ている本はごく一部であり、貴重な本は奥にある閉架書庫に収まっていることが判ってくる。
 取材などで書庫を見せてもらえる機会があると興奮した。案内する館の人もどこか誇らしげだ。書庫には、その館の歴史を伝える資料も所蔵されている。
 開架の書棚はその図書館のいわばよそ行きの顔であり、本質はむしろ書庫にこそあるのではないか。そう思うようになった。
 この連載では、普段は一般利用者が入ることができない閉架書庫に足を踏み入れ、そこで見つけた本や資料を紹介する。それとともに、書庫内を知り尽くす館員に、資料の管理や活用について話を聞く。
 書庫という奥の院を拝見することで、私なりにその図書館や文学館の新たな表情を描ければと思う。

いざ、県立長野図書館へ!

 最初に訪問したのは、長野県長野市にある県立長野図書館だ。
 2021年12月の初め、新幹線で長野駅に着くと、前館長の平賀研也さんが車で出迎えてくれた。平賀さんは企業での仕事を経て、2001年に長野県伊那市に移住。2007年に公募で伊那市立伊那図書館の館長となった。その後、2015年4月~20年3月まで県立長野の館長を務めた。現在は各地の図書館に関するプロジェクトに関わりながら、「たきびや」という謎の活動をしている不思議な人だ。
 平賀さんとはその2か月ほど前に茅野市で行われた「まちライブラリー」関連のトークイベントで一緒だった。その際、図々しくも「県立長野の書庫を見せてください」とお願いしたところ、「いつでもどうぞ」と云ってもらえた。
 こんなに簡単に書庫拝見が実現したのは、平賀さんに私が信頼されたから……では残念ながらなく、平賀さんの館長時代から県立長野が「書庫を生きたものとして活用する」ことに取り組んできたからだ。あとで述べるように、思いもかけないしかたで、さまざまな人が同館の書庫に入っている。

 今日の長野市はいい天気だ。5分ほど走ると、県立長野図書館に到着した。いかにも図書館らしい重厚な建物だ。若里公園に面しており、隣にはコンサートなどを開催する県民文化会館がある。
 館内の事務室を訪れると、槌賀基範さんが出迎えてくれた。北海道室蘭市生まれで、信州大学で歴史学を学ぶ。2002年に長野県の司書として採用され、県立長野図書館に配属される。途中、県立高等学校の図書館勤務となった3年間以外はずっと同館で勤務してきた。現在は資料情報課資料係として、書庫内の資料を知り尽くすエキスパートだ。温厚な人柄で、なにを聞いても丁寧に答えてくれそう。口から先に生まれたような平賀さんとは対照的だ。この二人がいたら、鬼に金棒ではないか。
 挨拶もそこそこに書庫に案内される。
 同館は1929年(昭和4)に長門町で開館。現在とは長野駅をはさんで反対側、善光寺近くの文教地区にあった。現在は長野市立長野図書館がある。最初の館は3階建てだった。1979年に現在の場所に移転し、新図書館を建設。地上3階、地下1階建て。それに対して書庫は地上6階、地下1階である。
 しかし、6階は開館以来、なににも使われていない「開かずの間」だったという。書庫の入り口にある「書庫案内」には、5階までしか表示されていない。しかし、その上には紙が貼られて訂正されている。新しい「書庫案内」を見ると6階までが使われているのだ。これはどういうことだろう? 疑問を抱きつつ、まずは地下に足を踏み入れた。
 中に入ると、整然と並ぶ書棚が我々を迎える。資料を保存するため、照明は抑え目だ。

地下書庫に潜入

 ここでまず見せてもらったのは、「PTA母親文庫」をはじめとして団体貸出などで使用していた図書の棚だ。PTA母親文庫は1950年に開設されたもので、県内の何か所かに「配本所」を設置し、そこを通じて学校のPTA会員向けに図書を貸し出した。当時、婦人層が本に接する機会は少なかったため、母親文庫の活動は大きな支持を集めたという。同じ本を複数冊購入して貸し出していたが、現在は1冊ずつ所蔵している。
 このフロアには一般書が並ぶ棚もある。1950~80年代ごろの小説やエッセイが中心のようだ。内田百閒、尾崎一雄、佐多稲子らの本もある。手近な1冊を抜いて裏見返しを見ると、貸出カードを入れるポケットが貼られており、そこには「本を大切に 返す期限に遅れぬように」と大きく、「読書とともに 観察思考の力を 養わなければならない」と小さく書かれていた。
「新聞もありますよ」と誘われたところには、「信濃毎日新聞」の原紙綴りがあった。現存する新聞では県内で最も長く続いている。他にも県内発行の新聞は多い。また、地域面があることから朝日新聞、読売新聞などの原紙も保存されている。
 さらに、16ミリフィルムを入れたケースが並ぶ棚もある。県政ニュース、農業や漁業、議会、学校、松本城など、さまざまなテーマの映像だ。こういうフィルムを上映会で観たことがあるが、いろんな発見があって面白い。

 館内には未整理の業務資料も多い。箱の一つを槌賀さんが開けると、そこには同館の歴史を語る資料が詰まっていた。手書きのものが中心で、経年により古びてはいるが、この世に1冊しかない貴重な資料ばかりだ。
 開館から10年間の「図書館統計表」には、毎年の来館者などが記録されている。
 手書きで記されている、戦前の「図書購入簿」。同館の前身は1907年(明治40)に設置された信濃図書館だが、1925年(大正14)の購入簿を見ると、1冊目の『現代戯曲全集』に続いて、2冊目以降に宮武外骨が自分の出版社・半狂堂で刊行していた『震災画報』『面白半分』『変態知識』など12冊が並ぶのが面白い。どういう購入基準だったのか?
 また、県立長野になった1929年(昭和4)の図書購入簿を見ると、「供給者」として〈西沢書店〉が見える。同店は現在も営業しているとのこと。同店の店主・西澤喜太郎についてはあとでも触れる。
 1945年の「当直日誌」もある。8月15日の項を見ると、「異状なし」と終戦の日でも淡々と記されている。
 これらの資料をめくっていると、たちまち時間が過ぎてしまうが、まだ書庫めぐりははじまったところなのだ。

 
信濃図書館の『図書購入簿』(第2号、1925年4月)と、その1ページ目。二行目に「外骨」「半狂堂」の名前が見える

クロっぽい本が次々に……

 階段で1階に上がる。ここには児童書、信濃図書館時代の本、戦前の本などがあり、いわゆるクロっぽい本が目に付く。
 児童書の棚には、宮沢賢治の『風の又三郎』の年代も出版社も異なる版がずらりと並ぶ。
「『注文の多い料理店』は終戦後に文章が一部差し換えられているのが判ります」と、平賀さんは云う。
 同館では2017年から月1回「館内見学ツアー」を開催。毎回、テーマに沿って、館員が書庫を案内した。そこでも児童書は人気だそうだ。
 このツアーの一環として、なんと「古本セドリツアー」まで開催。プロの古本屋さんをゲストに招いて、書庫にある珍しい本を探すというものだ。もちろん、それらの本が買えるわけではないのだが、「客の目」になって本棚を見渡すのは新鮮な体験だったと思う。

 別の棚には、「出版物差押通知接受簿」が収まっていた。1933年(昭和8)5月から1944年(昭和19)2月までの期間に差押対象となった図書、雑誌、新聞の内容、問題になった個所が詳細に記録されている。
 それとともに、処分の対象となった図書や雑誌の現物も何点かあった。たとえば、『改造』1939年(昭和14)8月号では、論文の一部が切り取られている。当時の検閲の実態を示す貴重な資料だ。なお、「出版物差押通知接受簿」は「信州デジタルコモンズ」で公開されている。
「以前、別の調査で書庫に入った際、この記録を見つけました」と槌賀さんは云う。平賀館長に提案し、2015年8月に企画展「発禁1925-1944 戦時体制下の図書館と知る自由」が開催された。出版・表現の自由への関心を持つ見学者が全国から集まったという。


「出版物差押通知接受簿」。中には、差押年月、書名、接受日、取扱者名が記載されている

 また、同年12月には「GIFT 子どもの世界が変わった時―進駐軍とともにやってきた児童書と戦前・戦中・戦後―」展を開催。館員が書庫を整理中に、児童書に押された「GIFT」のスタンプを見つけたことから生まれた企画だ。連合国軍最高司令官総司令部の民間情報教育局が全国23か所に設置した図書館であるCIE図書館と、そこから移行したアメリカ文化センターについての展示だった。
 このとき展示されたなかに、CIE図書館のPR用に同館で配布した栞がある。その裏には「最寄りのCIE図書館に行く習慣をつけませう。どの図書館も皆さんと関係深い事柄―保健、政治、音楽、農業、機械、織物、科学、家庭等々―に関する書籍、雑誌、パンフレツト等をたくさんとりそろへて、皆さんの御利用をお待ちしてゐます」とある。
 具体性のある呼びかけは、アメリカらしいなと思う。戦前の日本の図書館では利用者へのこういったアプローチは、ほとんどなかったのではないか。

 書庫の資料を企画展という形で書庫の「外」に出した根底には「県立図書館は何のためにあるのか」という平賀館長の問題意識があった。
「それまでの図書館は本を所蔵することには熱心だったけど、その利用についての議論が足りなかった。書庫の資料をテーマごとに切り出して、『外』で見せることが必要だと思いました」と平賀さんは云う。
 書庫の「中」と「外」にある壁を壊し、両方をつなげることで、これまでと違う図書館のかたちが見えてくるのではと考えたのだ。

(次回に続く)

 
 
 
 
 
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一
文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、
図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年
から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」
の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」
の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、
『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』
(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、
編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

 
県立長野図書館
https://www.knowledge.pref.nagano.lg.jp/index.html

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