文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大

古書を探す

メールマガジン記事 シリーズ古書の世界

古本屋四十年(Ⅴ・最終回)

古本屋四十年(Ⅴ・最終回)

古書りぶる・りべろ 川口秀彦

 無店舗になって2年過ぎた。私としては来店客に棚を見て選書してもらう実店舗の本屋でなくなったのはやはり寂しい。東京古書会館での即売展のぐろりや会には20年ほど参加し続けているが、年6回開催の会がコロナ以降半分ほどしか開催できていないし、即売展は店とは違う品揃えで臨まなくては売れないので、店をやっているのとは違っている。それも面白いのだが、少しだけは本に興味のありそうな人に反応してもらえる店の客と即売会ではその面白さの質が違っているようだ。

 店の品揃えについては、新刊店員修行をした文鳥堂四谷店の影響が大きい。同店は、山手線の内側の新刊屋としては、多くのジャンルに渉って精一杯の品揃えをしていた。私のいた70年代半ばで売場は18坪、十数年前の閉店の頃は25坪ほどの店なのだが、人文、哲学系や文学、美術系の棚も評価されていたし、神田ウニタや新宿模索舎に次ぐ左派系のミニコミ、自主出版物を置く店としても知られていた。納品に来る太田竜や三上治とも会っていた。「本の雑誌」「ぴあ」なども取次扱いになる前から持ち込まれていた。また、文鳥堂は四谷も飯田橋の店も、映画の興業会社からの委託を受けて主に洋画の前売券を置き、プレイガイドの役割もしていた。店の前面にはいつも新しい洋画のポスターを貼っていた。

 取次経由のものでも、当時の三大ホモ雑誌、「薔薇族」「さぶ」「アドン」を三誌とも入れていて、三誌とも少部数だが確実に売れていた。ビニ本の先駆けといわれる松尾書房「下着と少女」は最初は取次扱いの雑誌で配本されたが、すぐに取次不扱いとなったので、特価本問屋の神田の魚住書店まで仕入に行っていた。ついでに取次からはほとんど配本がない北欧系美女のヌード写真集も魚住で仕入れていた。特価本はすべて買切仕入だが、これらの評判も良かった。硬軟問わず幅広く品揃えをするというのが店長の方針のようだった。立地のせいも時代のせいもあるが、この方針が受けていて、四谷界隈以外の人も常連客に少なくなかった。その後で他の新刊書店の店長となった私は、自主出版のミニコミはともかく、取次扱いのイロモノは文鳥堂に倣った。どこでもそれなりに顧客をつかんでいた。街の古本屋の生活を支える三大ジャンルが漫画、文庫、エロ本と言うのもすぐに納得できたので、古本屋でも硬軟とりまぜた品揃えにするのに迷いはなかった。

 古本屋のエロ本に関しては特価本で仕入れることが多い。特価本とは、新刊の売れ残り返品を版元から特価本問屋が買い集め、それを現在では無くなっているが特価本問屋の組合がやっている市場などを通して他の特価屋に卸し、そこから普通の古本屋に流れるというルートが確立していた。雑誌は殆どがイロモノ雑誌だが、これはパソコンでエロ動画を見ることが一般的になった現在では極端に減ってしまって、取扱う特価本問屋も、神奈川県では80年頃には4、5軒あったのが数年前にはすべて無くなった。特価本屋は、古本屋以上にエロ本が生命線だったのだろう。

 いわゆるビニ本も特価本のルートで流れるものが大半だったが、東京雑誌とかいう社名の取次のような業者が車で古本屋を巡回して委託で配本したりもしていた。売れ残ることはあまりないのだが、残ったものについては新商品と交換してくれていた。露出度の激しい裏本については、少部数をカバンに入れて買切で売りに来る通称カバン屋と呼ぶ業者がいたが、私は取引したことがない。ただ、タテバ(故紙問屋)やチリ交から出た裏本は、古書市場で知り合いの同業者に買ってもらったりしたことはある。ビニ本はともかく裏本まで扱う古本屋は少数だったが、これも前世紀末には消滅したようだ。90年代末に市販されていた週刊誌の袋とじグラビアなどは、80年代前半に私たちが手入れされた時のビニ本の比ではないほど煽情的だったが、手入れされることもなくなっていた。最近手入れされているのはロリコン系の写真集のようである。さすがにこれは少女に被害が及びそうで、ワイセツなぜ悪い、被害者はいるのかとは私も反論できないから扱いはしなかったが、美術作品、芸術作品として作られたものまでロリコンだとして排除するのはどうかとは思う。

 私が出版物の製作・流通に関わり出してから55年も経ってしまった。学生の時のバイトで、60年代半ばにオープンリールのテープを、借り物の大きいテープデッキを使い、固いスイッチを動かして廻したり止めたりして講演会のテープ起しをしたのが最初である。カセットテープと小型のラジカセになって仕事が楽になったことを覚えているから、大学院浪人をし始めた頃までやっていたのだろう。リコー=三愛グループが主催していた講演会の記録で、薄い新書判の三愛新書シリーズとして頒布されていたはずだが、もう古書としても見なくなった。講演内容が時代の変化に対応できるものではなくて廃棄されているのかも知れない。大学院浪人の時の生活費を稼ぐためにバイトをしていた出版社が、私を有能だと勘ちがいしたのか社員になれと言ってくれて応じたのに、わずか半年で、まずユニオンショップ制の組合から過激だとして除名されて経営から退社勧告を受け、その頃たまたま若手編集者が事故死した薔薇十字社に移ることにした。ただ、私が退社した後、組合総会で私を支持した20人ほどのうち若手6、7人が3ヶ月以内に辞めたのは60名ほどの組合員、管理職を入れても70名ほどの出版社にとってはいくらか誤算だったように聞いている。移った薔薇十字社の倒産の直前に、編集技術者を捜していた船舶振興会傘下の財団法人に転職、将来的には笹川良一系の総会屋雑誌でもと思っていたのに総会屋規制が始まってそれを断念し、本を売る方になろうと思って旧知の文鳥堂四谷店に新刊店員修業をしに勤め出した。版元での出版流通経験もあることから、ほぼ2年で文鳥堂での修業は終え、郊外の新刊書店という環境で新たな経験を積むことにして、そこで私を古本屋に誘った丸山などと働いた。ただ、オダキューブックメイツの店長とはいえ派遣社員であって、派遣元は丸山も私も昭和出版という新刊版元の書店部門の社員だった。肩書だけは書店部長とか書店本部長としてくれて、私は更に編集者経験を買われて堀口大学などのサブ担当なども押しつけられていたが待遇は派遣先のオダキューOXより良くないので、丸山はリブロに移り、子供が生まれて間もない私はなるべく近い所で捜して伊勢原の稲元という文具店兼書店の駅前支店の店長になった。そして丸山から誘いを受けて古本屋になったのだ。薔薇十字社は倒産し、船舶系の財団は解散、文鳥堂は四谷、飯田橋、赤坂、原宿、新橋と知る限りの直営支店は皆なくなり、オダキューOXは書店部門撤退、昭和出版も伊勢原稲元もとっくに無くなっている。私と一番もめたはずの最初の出版社はまだあるのだから、自分を厄病神だとは思ってはいないが、出版業界全体の衰えなのか、私の星まわりが悪いのか、この業界以外に生き方を選べなかった不器用さから来るのか、どうにも明るい展望は見えてこない。

 もっとも、三十数年前に「古本屋は金を稼ぐことを目的とした商売としてやっているわけではない。生き方なんだ」と居直った発言を親しくしている横浜の同業者にした時に、既に明るい展望などは横に置いていたのだと思っている。その頃の私の頭にあったのは、学生の頃の友人で新宿模索舎の創業者五味正彦や理論家だった津村喬が、模索舎を創る最初の発想となった媒体としての出版物だけでなく、媒体としての売場=書店の確保と必要性という話をしていたことだった。69年の終りから70年の初め頃の、大学のサークル部室のような所での話だったと思う。その時は大して気にとめなかったのだが、今でもそのことを思い出すのは、彼らのメディア=媒体論が面白かったからだろう。70年代半ばに私が本を作る側ではなく売る側の仕事を選んだのは、津村や五味の媒体論の影響かも知れない。また、自由を求めるアナキズム的志向と古本屋の親和性もあるためかも知れない。

 実は最近2年間、マイナーなミニコミの『アナキズム』という月刊新聞に「アナキズムと古本屋」という短文エッセイを連載していた。私の関わった『日本アナキズム運動人名事典』は、元版で約三千名、増補改訂版で約六千名の収録者があるが、古本屋経験のある人が40〜50名いる。これは職業、生業の比率としてはかなり高いものだと思われる。自由を求めるアナーキーな志向が古本屋という商売と親和性があるのだと思うしかなかったのだ。私自身は最初からそう思って古本屋になった訳ではないが、この二年の新聞の連載を書く作業を通じて、段々と私の中における古本屋的生き方とアナキズムとの親和性について納得するようになってきた。四十年やってきて、やっと最初の出発点が確認できたようなものである。(おわり)


70年代半ば頃の高校生の時に文鳥堂によく寄っていた石神井書林 内堀弘が、広報理事だった時に企画したイベント「古本夜の学校」の第4回「四谷文鳥堂とは何だったのか—七十年代の本と本屋と出版社」のチラシ(2007年9月)。

月刊新聞『アナキズム』13号(2021年4月)。私の連載「アナキズムと古本屋」は24号(24回)で一旦終了したが、読者からの情報で、既に補遺篇を2回分書いて編集長に提出済。これからも増えそうである。

Copyright (c) 2022 東京都古書籍商業協同組合

  • コショな人
  • 日本の古本屋 メールマガジン バックナンバー
  • 特集アーカイブ
  • 全古書連加盟店へ 本をお売り下さい
  • カテゴリ一覧
  • 画像から探せる写真集商品リスト

おすすめの特集ページ

  • 直木賞受賞作
  • 芥川賞受賞作
  • 古本屋に登録されている日本の小説家の上位100選 日本の小説家100選
  • 著者別ベストセラー
  • ベストセラー出版社

関連サイト

  • 東京の古本屋
  • 全国古書籍商組合連合会 古書組合一覧
  • 想 IMAGINE
  • 版元ドットコム
  • 近刊検索ベータ
  • 書評ニュース