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昭和天皇実録 第十四 昭和四十年(64歳)-昭和四十四年(68歳)
音楽美学の諸相
音樂美學の諸相
シューベルトの生涯と芸術 <音楽文庫 ; 第73>
異界のフォノロジー : 純粋国学理性批判序説 意識と場所2
歳時記くずし 初版第一刷
眺める文化と曝される文化
自筆色紙 Song
自筆色紙 唐人お吉 Tojin Okichi
普及版日本文学全集 第1集 <集英社文庫> 普及版初版1刷
マス・イメージ論 <講談社文芸文庫 よB7>
映画と演芸 -アサヒグラフ別冊昭和27年秋季特別号- 表紙画・宮本三郎「京マチ子」
美空ひばり : 民衆の心をうたって二十年 <フロンティア・ブックス>
昭和のドラマトゥルギー : 戦後期昭和の時代精神 <講談社選書メチエ 537>
三波春夫という永久革命
貞女への道 <ちくま文庫> 初版1刷
「若者」の時代
美空ひばり歌は海を越えて
異界のフォノロジー 純粋国学理性批判序説(意識と場所Ⅱ)
歌に潜む仏教のこころ
三橋美智也プログラム等一括
北海道文学事典
寺山修司詩集 <ハルキ文庫> 初版1刷
心の歌・愛唱歌 昭和百名歌 : しみじみと歌いたい <主婦の友ベストbooks>
俗神 増補改訂.
ひと芸と時代 : 芸能の歩んだ道と芸団協30年
思い出のメロディー : 昭和・平成編 <Seibido song books>
やわらかな未知のものがたり : 現代<表現>論
『東海林太郎 全集』 CD6枚揃い 函・歌詞集付き
デザイン No.61 1964年7月 <フィンランドのデザイン>
新編・新宿ゴールデン街 <ラピュタbooksシリーズ ラピュタ新書>
流行歌 : 西條八十物語 <ちくま文庫>
紅白歌合戦と日本人< 筑摩選書 0078>
梓みちよ『こんにちは赤ちゃん/梓みちよ第2集』東京キング/SKG-5010インチレコード/梓みちよ「こんにちは赤ちゃん / 梓みちよ第2集 (1964年・SKG-50・東海林修・中村八大編曲)第1面 こんにちは赤ちゃん 月光価千金 プリンセスプリンセス ブルーヴェルヴェット第2面 ダンケ・シェーン 恋はロマンチック 永遠に愛して 悲しみがいっぱい 盤質良好です。梓みちよ(1943年6月4日[1] - 2020年1月29日)、日本の歌手、女優。本名は林 美千代。血液型はO型。株式会社アラベスク所属で株式会社プロダクション尾木と業務提携。日本統治下の朝鮮釜山市生まれ。福岡県福岡市博多区出身。福岡女学院中学校・高等学校2年中退。宝塚音楽学校中退。1960年代から1970年代を中心にヒットを飛ばした。アメリカンポップスから歌謡曲まで幅広いレパートリーを持つ。1960年、福岡女学院高校を2年で中退して宝塚音楽学校に入学。同校在学中に渡辺プロダクションのオーディションに応募し合格し、上京し契約する。約1年間のレッスンを経て、1962年に“ボサノバ娘”のキャッチフレーズでキングレコードより「ボッサ・ノバでキッス」でデビューし、歌手として本格的に活動を始める。芸名の名付け親は渡辺プロダクション創業者の渡辺晋。「梓弓のようにしなやかで強くなって欲しい」の意味で名付けられたという。1963年7月、『夢であいましょう』の今月の歌として発表された「こんにちは赤ちゃん」(作詞・永六輔、作曲・中村八大)が大ヒットとなり、同年12月の第5回日本レコード大賞の大賞を受賞。また『第14回NHK紅白歌合戦』にも初出場を果たし、人気歌手としての地位を得た。また同曲は翌1964年3月の第36回選抜高校野球大会の開会式入場行進曲に採用された。更には1964年5月に東京都文京区の椿山荘で開かれた学習院初等科同窓会に招待されて、昭和天皇の御前でこの歌を披露した。明治時代以降において日本芸能界初の天覧歌謡曲となる。
CD3枚組 台湾情台湾歌4 江蕙 Kang Hūi(カン・フイ)江蕙(台湾語白話字:Kang Hūi(カン・フイ)、中国語ピンイン:Jiāng Huì(チァン・フエイ)、1961年9月1日- )は台湾の女性歌手。専ら台湾語(台湾ホーロー語)で唱っており、「台語天后」(意訳:台湾語歌謡の女王)と称されている。2015年6月27日の第26回金曲賞で「特別貢献賞」を受賞した。同年9月13日の高雄コンサートをもって芸能界を引退した。 江蕙と彼女が活躍する台湾語歌謡界について理解する為には、台湾語の歴史的事情に注意を払う必要がある。台湾は、日本が第二次世界大戦敗戦後中華民国に返還され、内戦に敗れた中華民国政権が中央政府を1949年に台湾に移し、1990年代まで戒厳令で独裁強権政治が行われて来た。この間、台湾人には北京語が強要され、彼等の母語である台湾語(ホーロー語、客家語、原住民諸語)は抑圧され、蔑ろにされて来た。こうした事情から、当時の恐怖政治下では、中国語は現代的で洒落たもの、台湾語は古臭くて格好悪いもの、と言う暗黙裏の位置付けがあった。従って、現代的な欧米のポップスや日本のニューミュージックの影響が及んだのは、先ず中国語の歌謡曲であり(校園民歌など)、台湾語の歌は昔ながらの民謡や日本の歌謡曲の翻訳にほぼ限られていた。この様な状況に対して、欧米日のポップスと比べて遜色のない現代的なメロディーを台湾語で歌う、と言う変革をもたらした代表選手が江蕙である。その様な現代台湾語ポップスの萌芽としては潘越雲の「情字這条路」(1988年)などが先行したが、決定打は江蕙が1992年に出した「酒後的心聲」と言える。日本人の耳には1980年代に流行したポップス演歌に似ているが、同曲はそれ以前のド演歌とは一線を画すもので、台湾全土の老若男女に受け入れられ、伝説的な大ヒットとなった。台湾では既に中国語世代が主流となってはいるが、今日では、台湾語の曲を聞いたりカラオケで歌うことに恥ずかしさや抵抗感はないし、中華人民共和国に於てさえ一部では江蕙を始めとする台湾語曲が人気を得ている。
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