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政務調査懇談座談会速記要項
総史立憲民生党 理論編・資料編揃
町田忠治 伝記編・史料編揃
立憲民政党と政党改良 戦前二大政党制の崩壊 (北海道大学大学院文学研究科研究叢書)
総史立憲民政党(理論編・資料編2冊揃)
立憲民政党史 下 (明治百年史叢書 210)
立憲民政党全史 1927-1940
立憲民政党史 上・下巻 (明治百年史叢書209・210)
満州國幣制と金融 (財)金融研究会 昭和7年
昭和11年衆議院議員候補者立憲民政党公認 長野県上伊那郡中箕輪村木下信氏 立候補挨拶状・若槻禮次郎等推薦状・県議会議員瀬戸嘉一大槻茂廣瀬常雄等推薦文入り手紙 エンタイア
11冊 民政 立憲民政党機関 昭和5年6月号、昭和5年7月号、昭和8年5月号、昭和8年8月号、昭和8年9月号、昭和8年12月号、昭和9年4月号、昭和10年10月号、昭和10年12月号、昭和11年2月号、昭和11年3月号 出版社 民政社
御大典参列に付御注意 御大礼議員宿舎に関する件 専用列車御案内 京都にて使用自動車鉄道輸送案内 衆議院御大礼関係書封筒付
工藝ニュース 第1巻第2号 昭和7年7月号
風見章書簡 広瀬慶之助宛
風見章書簡 廣瀬榮一宛
民政 第293号 憲政五十年紀年号 立憲民政党機関誌 12(3)(293)
風見章書簡 廣瀬慶三助宛
浜口内閣
濱口内閣
『関東民政新聞』 第十一号
国民に訴ふ : 中野正剛大演説集
「大分県の耆宿 山口翁」
第七十四回 帝国議会 衆議院議員席次表
普選と新興勢力
中井川浩書簡 廣瀬栄一宛
醫藥分業讀本 : 全 衆議院議員 武知勇記著藥劑誌社, 昭和11年初版函付武知 勇記(1894年(明治27年)7月10日 - 1963年(昭和38年)10月11日)日本の政治家。伊予市名誉市民・勲一等瑞宝章受章。 愛媛県伊予郡南伊予村下三谷出身。1913年(大正2年)北予中学校卒業。学生時代から政治家を志し明治大学法律科卒業後帰郷。1918年(大正7年)憲政会公認で松山市会議員に立候補し当選、翌1919年(大正8年)には愛媛県会議員にも立候補して当選。1930年(昭和5年)の第17回衆議院議員総選挙に愛媛1区から立憲民政党公認で立候補し初当選。戦前は廣田内閣の文部参与官、小磯内閣の内務政務次官、翼賛政治会衆院部総務等を歴任。商工委員会に属していた関係から岸信介と親しくなった。1944年(昭和19年)には愛媛新聞代表取締役社長に就任し、翌年の1945年(昭和20年)まで社長職を務めたが政務多端を理由に辞任。戦後大日本政治会を母体にして結成された日本進歩党に参加したが翼賛選挙で推薦候補として当選したため公職追放。追放解除後他の旧民政党系の政治家とともに民政旧友会を結成したが、岸信介とともに保守新党を結成しようと主張したため、国民民主党と合同して保守新党を結成しようと考えていた大麻唯男や松村謙三らと対立した。これが原因となって民政旧友会は分裂し、大麻・松村らは新政クラブを結成し武知や三好英之らは新日本政治経済調査会を結成した。新日本政治経済調査会に旧民政党系以外の政治家も加えて結成された日本再建連盟の公認で武知は1952年(昭和27年)の第25回衆議院議員総選挙に立候補して当選し政界に復帰し、その後は岸と行動をともにして自由党に入り、1954年(昭和29年)日本民主党の結成に参加。同年第1次鳩山一郎内閣の郵政大臣に就任したが、翌年の第27回衆議院議員総選挙では現職閣僚ながら落選した。1958年(昭和33年)の第28回衆議院議員総選挙では自由民主党の公認で立候補して当選し再び政界に復帰したが、健康を害して1960年(昭和35年)に政界から引退。当選回数は通算8回。肺癌のため69歳で死去。 自由民主党の元国会議員である萬井武臣(宏池会)は甥にあたる。
永井柳太郎氏興亜雄弁集
福島県政治史 上巻
教育を直視して
江木翼伝
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