『増補新版 東北の古本屋』―東北に寄り添った古本屋案内と、古本屋から見た震災記録日本古書通信社 折付桂子 |
東日本大震災から一一年が過ぎた。私の故郷は福島県。神保町古書街近くの勤務先で、連絡の取れない故郷を案じたあの日を今も鮮明に覚えている。お世話になった古本屋さんたちも大きな被害を受けた。震災から三週間後、福島県須賀川市と郡山市に店を持つ、古書ふみくらさんに取材予約を入れ、単身オートバイで被災地へ向かった。そこで見た地震被害も衝撃的だったが、ふみくらさんの実家に避難していた楢葉町(当時、原発事故による警戒区域)の岡田書店さんとの出会いで、私の中の何かが変わった。「地震だけなら家に帰れるんですよ。問題は原発事故で全く先が見えないということ」といった言葉が胸に刺さる。こうした証言を記録として残したい、残さなくてはと思った。
古本と本の雑誌である『日本古書通信』でも、伝えられることはあるはず。それ以来、震災・津波・原発事故に負けずにがんばる東北の古本屋さんたちの姿を取材し続け、『日本古書通信』にリポートを掲載してきた。二〇一八年には全古書連加盟の東北の古本屋さん全店を、店舗のある店には実際に足を運び店主に話を伺い地図と写真も付けて案内、無店舗の店もできるだけ特徴がわかるよう紹介した。その古本屋案内と震災ルポをまとめて、小著『東北の古本屋』を作ったのが二〇一九年秋のことである。 少部数の自費出版であったが、東北の古本屋さんたちから続々と注文が寄せられた。『河北新報』や『赤旗』、雑誌『地域人』に紹介され、岡崎武志氏が『東京新聞』の「二〇一九年、今年の三冊」に選んでくださり、在庫は瞬く間になくなった。思いがけない反応は嬉しかったが、各地の図書館などからの注文に応えられないことが心苦しくもあった。そんなとき、文学通信さんから新版を出してくださるというありがたいお話をいただいた。 この三年間で新規加入や開店もあれば閉店や廃業もある。旧版の記述も記録として生かしつつ、全面的に修正、加筆、新たに二〇二一年、二〇二二年のリポートも収録した。また、業界用語などには注釈を加え、詳細な索引も付した。私の拙い手書きの地図は描き直して見やすくなり、オールカラーの写真もより大きく配置され迫力が増した。一般の方にも手に取っていただきやすい本に出来上がったと思う。ちなみに表紙は、担当編集者が描いてくれた、あるお店の棚の風景である。どこのお店か、ぜひ読んで見つけていただきたい。 この三年間はコロナ禍の三年間でもあった。二〇二〇年の春は、東京神保町でも古書街が閉まり、古書市場も古書即売展も休みになり、街がひっそりと静まり返っていた。同じころ東北でも古書市場が開けず、予定していた即売展が中止になったりしていた。ただその後は、宮城県と岩手県では、感染状況を見極めながら、できるだけ古書の灯を消さぬよう、古書店同士のつながりを保つよう、市場を開催している。 今年の五月二九日には、二年間延期された「第二回松島皐月大入札会」が開催された。モチベーションを保つのが大変だったと思うが、宮城の若い業者を中心にまとまって開催にこぎつけ、宮沢賢治本を筆頭に多様な出品物が落札され好評を博した。企画、運営、目録作成、広報から後片付けまで自店を犠牲にしての開催には、相当な覚悟と苦労があったと思われる。地方では打ち合せに集まるにも距離があって大変なのだ。しかし、宮城の古書店たちは、今度は第二回「サンモール古本市」を盛り上げようと尽力している。昨年から仙台市の老舗新刊書店・金港堂を場として始まった催事。こちらもコロナ禍に負けずに継続されている。 この力の源は何なのだろう。昭文堂書店さんは「連帯の機運が満ちてきた」と仰る。組合としてのその連帯の力こそ、共に大震災を乗り越えたゆえに生まれた共同体としての力(火星の庭談)なのではないか。阪神淡路大震災を経験した兵庫古書組合の連帯は、今に続くサンボーホールひょうご大古本市を生み出した。東北の業界にも同様に、つながりを大切にという思いが脈々と流れているのだと思う。 東北の古書店有志が力を合わせるアオモリ古書フェア、より広がりを見せるイービーンズ古書展に加え、組合員以外の店と歩調を合わせた山形の催事も始まった。また、福島県でも組合員有志が、地元の出版社らと共に会津ブックフェアを企画中だ。本との出会いの場が広がっていることが嬉しい。 東北の古本屋さんを取材して感じたのは、地域に対する思いの深さ、地域の文化を支えているという矜持である。ベテランが「地元の資料は地元にあるべき」と語れば、若手も「地元に根差して地域の方に愛される店に」と目を輝かす。店舗率も高い。原発事故による帰還困難区域だった楢葉町に帰還、開店した岡田書店さんは今年で七年目、しっかり地元に根付いてきている。これこそが本来の“復興”ではないか。こうした郷土への思いに震災の経験が加わり、連帯の意識が強まった東北の古書業界は、きっと今後も長く地元の文化を支え続けてくれるに違いない。紙の力、本の力、そして本と人をつなぐ古本屋さんの力を信じて、これからも本の世界の片隅からエールを送り続けたい。 ![]() 『増補新版 東北の古本屋』 折付桂子著 文学通信刊 ISBN978-4-909658-88-3 四六判・並製・312頁(フルカラー) 定価:本体1,800円(税別)好評発売中! https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-88-3.html |
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