『戦前期日本のポスター―広告宣伝と美術の間で揺れた50年―』青梅市立美術館 学芸員 田島奈都子 |
2023年3月に吉川弘文館から出版された拙著『戦前期日本のポスター―広告宣伝と美術の間で揺れた50年―』は、19世紀末から1945年の終戦までの、約50年間に製作された日本製ポスターが、「美術史」という枠組みの中で語られるべき存在あることを、多くの人に知ってもらうために著したものである。
著者の現在の専門は1945年までの日本製ポスターであるが、調査研究の基軸は美術史に置いており、過去にもこの立場から書籍を何冊か著してきた。しかし、それらはいずれも作品を主体とした、図録的な色彩の強いものであった。一方、新刊書はあくまでも文章を主体にした研究書であることから、註や史料の引用も充実しており、この点は今後の調査研究にも役立つものと自負している。 ところで、多くの人はポスターが「美術作品」として扱われることに対して、それほど違和感を覚えないであろう。なぜなら、現在日本のいくつかのミュージアムにおいてポスターは、収集対象と目されており、展覧会も開催されてもいるからである。しかし、美術史という学問領域の中で、ポスターを専門的に研究することは、基本的に今でも歓迎されていない。 この背景には、「美術作品とは作家の創作性の発露であり一点もの」という、「狭義の美術」を信奉している人や、「芸術のための芸術」という、芸術至上主義的な考え方を尊ぶ人が斯界には未だに多く、彼らからすると、広告宣伝という世俗的な目的のために、機械で製作された複製物であるポスターは、「美術」ではないのである。もっとも、美術史においても昨今は、研究の主流が古典的な「作家作品論」から、美術と社会との関わりや、社会の中での美術のありようを論じるものに移行しつつあり、特に近現代美術に関してはそうした傾向が強い。そしてだからこそ、実社会とともに歩むことが常に求められるポスターが末席とはいえ、シリーズ「近代美術のゆくえ」に加えられたのであり、このことは美学美術史的には大きな一歩といえる。 さて、本書においてはポスターを「広告宣伝を目的として、洋紙に石版印刷術以降の洋式印刷術を用いて、広範囲な掲出を前提として、量的に製作されたもの」と定義し、全体を大きく3つの章に分けて考察した。前述した定義には美術的な文言がなく、この点には読者もいささか面食らったかもしれない。しかし言うまでもなく、世に出る全てのポスターが、美術的価値を有しているわけではなく、それがそのように認められるためには、作家性や創作性、美的要素が加味されなければならない。したがって、本書において取り上げたポスターの作者は、結果的に当時の有名画家や図案家が多くなった。ただし、『万葉集』に「詠み人知らず」の歌が収録されているように、本書においてもポスターとして優れていれば、作者が不詳なものでも「作品」として積極的に取り上げたつもりである。 では、本書の具体的な章立てであるが、第1章は「日本における「ポスター」の登場」と題して、ポスターという言葉の定着や、前時代の日本美術との関わり、及び製作に用いられる技術の移入や、掲出・受容される環境などについて解説した。戦前期の日本製ポスターと、その作家について詳しく知りたい読者からすると、本章は周辺的かつ些末に映るかもしれない。しかし、自国にはなかった全く新しいものが外国から紹介され、それが定着する過程で起こったさまざまな事象は、その後の展開を理解するうえでも意外と興味深い。 続く第2章は「美人画ポスターという存在」と題して、女性を主題にした商業ポスターを題材に、その始まりと展開について考察した。鏑木清方や北野恒富、上村松園などの、美人画を得意とした画家が彩管をふるった作品は、当時の最高級の製版印刷技術を駆使して製作されていることから、ポスターであっても非常に美しく優美である。 最後の第3章は「戦争とポスター」と題して、戦時期に製作されたプロパガンダ・ポスターについて見ていくことにした。本章においては中村研一、宮本三郎、伊原宇三郎、藤田嗣治などの、いわゆる「戦争画」を描いた画家とポスターとの関係性についても言及しており、このあたりに関しては読者の満足度も高いと思われる。 前述したように、昨今のポスターは美術として語られることも多い。しかし、それらは広告宣伝を目的として、印刷という複製技術を用いて大量に製作・流布される以上、元来マスメディアとしての側面を持っている。要するに、ポスターとは多面的な存在であり、筆者が試みた美術史的な立場からの考察だけで、全てのポスターを正しく理解し、評価できるとは思っていない。ただし、ポスター研究において最も立ち遅れているのが、美術史的なアプローチであり、本書の刊行によってその歪みが多少なりとも解消され、埋もれた作家や作品に光が当たるようになれば、著者としては幸甚である。 <略歴> <主要著書> ![]() 『戦前期日本のポスター 広告宣伝と美術の間で揺れた50年』 吉川弘文館刊 田島奈都子著 ISBNコード:978-4642039246 定価:4,950円(税込) 好評発売中! http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b618499.html |
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