十年間、ひとつの同じ仕事を続けるというのは、誇るべき事柄である。そしてそれだけ続ければ、もはや“アマチュア”ではなく“プロフェッショナル”と言えるのかもしれない。つまり私は、日下三蔵邸書庫片付けの、数少ないプロフェッショナルなのである……。
ミステリ&SF評論家でアンソロジストの日下三蔵氏は、書庫に四十年以上、本を溜めまくって生きて来た。その書庫が、書庫と言っても一般的な一部屋ではないのだ。自宅の本来の書庫+仕事部屋+和室+納戸+一階玄関&廊下+戸外の物置三棟、それに加え自宅近所の中古3LDKマンションをすべて書庫として使用……と言うか、いつしか本が溢れに溢れ、その領域を拡大し、書庫化してしまったというのが正解であろう。そしてその侵食書庫は、いつしか本が通路を埋め尽くし、あらゆる隙間に本を詰め込まれ、独自のバランスを保つ本タワーがあちこちに出現し、右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても、下を見ても上を見ても、どこもかしこも本ばかりという“魔窟”に進化していったのである。
本が十万冊以上一所に集まると、美しく整理整頓されているならいざ知らず、魔窟状態では
もはや個人の手に負えるわけがない。さらにそこに毎日、本が増え続けて行くのである。こんな状態では、仕事に使いたい本が何処にあるかわかっていても、そこにたどり着くことは不可能である。結果、同じ本を購入して資料として使う。そしてその本もいずれ魔窟内に飲み込まれて行くのである……本増殖の恐怖の無限ループ……。
だがこの魔窟無限ループ脱出からのきっかけになった、ひとつの雑誌取材が二〇一四年に
あった。「本の雑誌」の特集企画『日下三蔵氏が生まれて初めて古本屋さんにまとめて本を売る』というもので、この時に西荻窪のミステリに強い古本屋さん「盛林堂書房」に声がかかったのである。常日頃から盛林堂と交流していた私は手伝いとして参加。その結果は、本の一時運び出しと選定に一日を費やし、古本屋さんに回って来たのは百冊ほどであった。
つまり書庫内にほぼ変化は生まれなかったのである。だが、我々の本の移動やスペース作り、動線の確保、新たな強固な本の積み上げ、そのスピードなどが日下氏の心に残ったらしく、
三年後に雑誌取材とは関係なく再び声がかかり、ついに魔窟の片付けに着手し始めたのである。
だがその作業は、想像を絶する過酷さであった。座るスペースもなく、ひたすら本の隙間で本を移動させ整理して行く、作業の終りが決して見えることのない本地獄……だからこそ、
この仕事は面白かった。古本屋のバイトとしてではなく、古本屋ツーリストとしての眼から見た片付け作業は、興味深いことの連続!常識外の連続!レア本の連続!ダブり本の連続!と、楽し過ぎるネタの宝庫だったのである。
そこで日下氏に「この片付けのことを書いていいですか?」と許可をいただき、管理する
ブログ『古本屋ツアー・イン・ジャパン』に『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』として、
片付けのあるごとに発表していったのである。この記事の反響は意外に大きく、『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』をアップすると、その日のアクセス数が格段に跳ね上がったものである。なので、何時の頃からか、この記事をまとめて一冊の本に出来れば……という野望が、
心の隅に芽生え始めてしまったのである。
そして二〇二一年、日下氏が「本の雑誌」で『断捨離血風録』という連載がスタート。
きっかけは、家族の懇願により本邸の和室を客室として空けなければならなくなり、一念発起し近所に本を逃がすためのアパートを借りたことに端を発する。ここから我々盛林堂チームも、今まで年一〜二回の出動だったのが、月一〜二回と激しくなり、作業は格段に進むことになったのである。
連載はそんな急ピッチ片付け模様を伝えつつ、蔵書を減らして行く過程が克明に描かれているのだが、当初、半年ほどの作業でアパート撤収に漕ぎ着け、連載も一年ほどの予定だったのが、なんやかんやと色々あって延び続け、結局アパートを解約するまでの、三年間続いたのである……とこの時、悪魔の閃きが頭を掠めた。
そうだ、この『断捨離血風録』と『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』の記事を一緒にして、一冊の本にすると、片付けられる側と片付ける側の視点が交錯し合って化学反応を起こし、
楽しい本になるのではないかと。だがこのアイデアは、編集者さんには好評を博したものの、日下氏に却下されてしまった、理由は一冊にしたらこちらの方が文章量が多くなるから、ということであった。
書籍化への道は閉ざされた……そう落胆したのであるが、連載終了後『断捨離血風収録』
書籍化に伴う座談会収録時に、奇跡は起こった。何と『断捨血風録』とは別に、『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』も書籍化してくれるというのである! なんという素晴らしい本の雑誌社の英断! つまり二冊を手にすれば、余すところなく魔窟を書庫化する過酷で異常な過程が、よりよくわかるようになったのである。
ちなみに『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』は副読本的位置づけにするため、同パターン装幀だが、ちょっとサイズを少し小さくしてもらった。九年ぶりの『古本屋ツアー』シリーズの最新刊は、古本屋さんが一軒も出て来ない異色の単行本となったが、いつでも『断捨離血風録』の傍らに置き、十年間の本の移動と発掘とおかしな事件の連続を、楽しんでいただければ幸いである。
小山力也
2008年5月からスタートした、日本全国の古本屋&古本が売っている場所の、全調査踏破を
目指す無謀なブログ『古本屋ツアー・イン・ジャパン』管理人。西荻窪「盛林堂書房」の『フォニャルフ』棚と大阪「梅田蔦屋書店」で古本を販売中。
「本の雑誌」にて『毎日でも通いたい古本屋さん』、「日本古書通信」にて『ミステリ懐旧三面鏡』連載中。http://furuhonya-tour.seesaa.net/

書名:『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』
著者:小山力也
発行元:本の雑誌社
判型/ページ数:四六判変型並製 256ページ
価格:1,980円(税込)
ISBN:978-4-86011-601-9
Cコード:0395
好評発売中!
https://www.webdoku.jp/kanko/page/9784860116019.html

書名:『断捨離血風録 3年で蔵書2万5千冊を減らす方法』
著者:日下三蔵
発行元:本の雑誌社
判型/ページ数:四六判/360頁
価格:2,420円(税込)
ISBN:978-4-86011-600-2
Cコード:0095
好評発売中!
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