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『戦後デザインの最大の謎、杉浦康平のアジア転回を解き明かす。』 (杉浦康平のアジアンデザイン)

『戦後デザインの最大の謎、杉浦康平のアジア転回を解き明かす。』 (杉浦康平のアジアンデザイン)

エディトリアルデザイナー 赤崎正一

戦後デザインの巨星、杉浦康平の「謎」

 杉浦康平は誰もが知る戦後日本を代表するグラフィックデザイン界の巨星です。90歳を超えた2023年の今なお、現役として活躍し続けています。

 70年近くにおよぶ活動の中で生み出された作品は膨大です。そのため全貌を把握することはきわめて困難でもあります。単に作品の量が多いからばかりではなく、そこには大きな「謎」があると受け止められてきたことも理由の一つです。

 1950年代末から60年代の、若い戦後デザイン界で、20代の杉浦康平は先端を疾る寵児でした。スイス・ドイツ的モダンデザインとも、アメリカ的デザインとも一線を画した、斬新で怜悧な理知的デザインが人々を魅了しました。

 その杉浦が70年代末から80年代に入って、誰も想像しなかった境地へと至ります。さまざまに意味と象徴を内在した図像が配置され、溢れる色彩によって画面が埋め尽くされる「豊穣」なデザインの登場です。「モダニズム」とは遥かに距離を隔てた「アジアンデザイン」の誕生です。

 どのようにして、このような前期「杉浦デザイン」から後期「杉浦デザイン」への転換が起こったのでしょうか? そこには何らかの切断があったのでしょうか? 多くの人にとって、それは長く「謎」として残りました。

「疾風迅雷」/「脈動する本」/アジアンデザイン研究所

 「謎」が「謎」のままであったのは、長く杉浦自身がデザイン表現についても、またその背景となる心境についても、一切語ることがなかったからです。本書のインタビューで、杉浦自身は「多忙のあまり」と言い訳をしますが、明らかに自己言及への禁欲があったはずです。

 それでも21世紀に入ってから、2004年の雑誌デザインの回顧展「疾風迅雷」(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)と、2011年の書籍デザインの回顧展「脈動する本」(武蔵野美術大学美術館・図書館)が開催され、それぞれの充実した図録が刊行されたことによって、その全貌への見通しは格段に開けました。

 また勤務校であった神戸芸術工科大学内に2010年、アジアンデザイン研究所が設置されたことで、「アジアンデザイン」は公式に研究領域として扱われることになりました。所長として杉浦自身が就任し、多くの留学生をふくむ若い後進たちに、杉浦が長年暖めていた、デザインの領域をも超えるより広範な、図像表現に内在する象徴性の研究が受け継がれました。

連続インタビュー

 本書のもととなる連続インタビューは、神戸芸術工科大学の研究メンバー3名(赤崎正一・入江経一・黃國賓)によって2017年度の学内共同研究として実施されました。

 その後、テキスト編集、図版類の収集・撮影などの作業をすすめ、2022年度の学内出版助成制度の援助を受けて今回の刊行に至りました。

 私たち研究メンバーの質問に対して、杉浦はじつに率直に応えてくれました。細部にわたる明瞭な記憶で、長期間の活動の、その時々の詳細が生き生きと語られました。

 内容はデザイン制作の手法や発想についてばかりではなく、30代前半で招聘教授として赴任した西ドイツ(当時)ウルム造形大学の教育の場で直面した、深甚な「アジア人」としての自覚という、のちの「アジアンデザイン」の原点とも言える体験と、その心境についても雄弁なものでした。

 インタビューによって知り得たのは、杉浦の終始一貫しているデザイン思考と、表現の質に対する偏執的とも言えるこだわりです。表面に現れる外形的なデザインの相違にも関わらず、常に自律システム的に「プロセス」の中で成立するデザインへの志向です。独創的なアイデアによって、印刷技術工程の内部にまで遡る技法の発想なども一貫しています。

杉浦プロトコル

 われわれ受け手の側の印象の分裂とはまったく異なる、時代を超えて常にどのような対象であっても、その本質に立ち帰って統合的に把握し、デザインへと再構築していく強い意志こそが杉浦デザインの特徴でした。

 そのような姿勢を研究メンバーのひとり入江経一は「杉浦プロトコル」と呼び、その原則的な不変性を指摘しました。

 深層にある不変の姿勢から導き出された「アジアンデザイン」の提示は、日本近代、とりわけ「戦後デザイン期」におけるモダンデザインへの信奉の態度をあらためて問い直すものです。

 杉浦自身によって「アジアンデザイン」が詳細に語られた本書は、これまで前提とされてきた「近代」の「デザイン」の在り方そのものを問うものです。

 そして、これまでのデザイナーの、社会における自己認識と身の処し方への不断の問いかけでもあります。

本書のブックデザイン

 全体構成と基本組版設計、およびモノクロ本文ページの組版・デザインの実務は研究メンバーの赤崎が担当しました。

 装丁とカラー図版ページのデザインは、神戸芸術工科大学出身で、現在出版デザインの世界で活躍のめざましい佐野裕哉が、杉浦デザインへのオマージュ的再解釈を試みて、新世代によるブックデザインを提示しました。

 
 
 
 
赤崎正一
1951年東京生れ。エディトリアルデザイナー。
神戸芸術工科大学名誉教授。
現在、『世界』(岩波書店)のデザインなど担当。

 
 
 
 


『杉浦康平のアジアンデザイン』
新宿書房 刊
港の人 発売
杉浦康平 著
神戸芸術工科大学アジアンデザイン研究組織 著
赤崎正一 編
黄國賓 編
定価:4,290円(税込)
ISBN:9784896294194
好評発売中!
http://www.shinjuku-shobo.co.jp/
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