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メールマガジン記事 自著を語る

『銭湯』は「すごい小説」ではない

『銭湯』は「すごい小説」ではない

福田節郎

 皆さん、どうも初めまして、福田節郎と申します。
 この度、「自著を語る」というテーマで原稿依頼をいただきました。要するに著作を解説せよということでしょうが、『銭湯』は小説であり、しかも筋らしい筋がなく、無理やりあらすじのようなものにまとめたり、一言で簡潔に言い切ってしまうのは小説そのものに対する冒とくだと考えているので、内容は説明できません。とりあえず銭湯の話ではいっさいないということくらいしか言えず、買って読んでもらうより他ありません。すみません。とは言え、一人でも多くのメルマガ読者の方に『銭湯』に興味を持っていただき、その購入につなげることが私の責務ですから、購買意欲を掻き立てるような文章を書かねばなりませんが、私自身はこの『銭湯』(また併載されている「Maxとき」)という作品を手放しで勧められるような「すごい小説」だとはまったく思っていません。

 この作品が刊行されることになったのは、表題作である「銭湯」という作品が版元(書肆侃侃房)主催の第4回ことばと新人賞を受賞したことによります。同新人賞は純文学を対象とする、いわゆる五大文芸誌に紐づく新人賞と比較すれば、その規模はずっと小さなものですが、選考委員の方々は掛け値なしに素晴らしく、というか、個人的には文学新人賞のなかでは最もグッとくるラインナップです。選考委員の名前をここに記すことはしませんが、とにかくそういった方々にいちおうは「受賞でいいよ」「本を出してもいいんじゃないか」と認められるような形で刊行されたことにはなるわけで、私自身がこの本を「推せる」としたら、ただただその一点しかありません。もちろんそれは光栄だし、めちゃくちゃすごいことですけどね。あ、もう一点、装丁が大変かわいらしく、本当に素敵で、本そのものとしての魅力にあふれた造りになっていることも推せるポイントです。選考委員と造本の素晴らしさというこの二点で本を買ってくださると大変助かります。

 さて、上述した「すごい小説」とはどういったものなのか、私自身が考えるそれは、人の価値観を大きく揺さぶったり、覆してしまったり、思いもよらない示唆を与えたり、とにかく読み手の人生やその選択に強い影響を及ぼす小説です。ところで「銭湯」はまったくそういう小説ではありません。私にはまだそういう小説は書けない。謙遜でも卑下でもなく、そう思っているし、受賞のコメントを求められたときにもそのように書きました。また新人賞というのは本来、今までになかった小説の在りようを提示する作品に与えられるべきものでしょうから、そういった意味で「銭湯」は新人賞にふさわしくないのかもしれません。もちろんそういった事柄は私が考える「すごい小説」に当てはまらないという話で、読んでくださる誰かにとっての「すごい小説」になり得る可能性はあるし、なにか見どころがあるから受賞に至ったのだろうと信じたいし、ありがたい感想もたくさん頂いているけれど、なんにせよ、自分では「すごい小説」だとはとても言えない。だから小説を読むことに劇的な意味や過剰な期待を求める方には、まったくオススメできません。『銭湯』という本におさめられている二つの小説は、どちらも取るに足らないものです。取るに足らない小説の良さだって、もちろんあるわけですが。

 また冒頭に書きましたが、筋らしい筋がなく、自分で言うのもなんですが、文章はかなりまどろっこしく、わかりやすい心地よさ、手っ取り早い楽しさは得られません。しかもそれなりに長いので、「一度ページを開いたらどんなにつまらなくても最後まで読み通す」派の方々にとっては苦行になる可能性がかなり高いと思われます。それから人は死なず、不治の病にも罹らず、大きな事件も起きません。ただ出てくる人々は精一杯生きています。書肆侃侃房のサイトから試し読みができるのでリンクを貼っておきます。

https://note.com/kankanbou_e/n/n86a1143dc1b2?magazine_key=m1c3b12626069

 とにかく「すごい小説」ではないことを言いましたが、ある程度は笑える小説だと思っています。それだってツボにはまる人はかなり少ないというか、ウケてくれる人はだいぶ世間からずれているだろうと失礼ながら思ってしまいますが、それでも「銭湯」で描かれている、私自身がそうである、貧しくてわがままでどうしようもない、でもそれなりに年を重ねてはいる大人たちがえんえんと酒を飲んだり、テキトーなことを言ったり、わけのわからない話で盛り上がったり、そういう取るに足らないことに真剣に向き合っている様は、自分で言うのもなんですが、なかなか面白く、少しだけ泣けて、読み手の人生を1ミリも動かしはしないにせよ、ちょっとした慰謝になるのかもしれない、まあなんか、明日もどうにか生きてやるかと思うその手助けくらいにはなるのかもしれないと考えたりもします。私の小説が誰かにとってそういう小説になりえるのなら、それはたぶん誇りに思っていい。でも私は「すごい小説」を書きたい。自分が信じる「すごい小説」をいつか書くために、自分が書いた人々のように、ちっとも冴えない毎日をあの手この手で楽しみながらどうにかこなしています。

 まったく「自著を語る」というテーマにふさわしくない文章になってしまいましたが、『銭湯』という小説や小説を書くことについての考えを少しだけ書きました。一人でも多くの方に『銭湯』を手に取ってもらえたら幸いです。増刷なんかされちゃったら超嬉しいです。よろしくお願いいたします。

 
 
 
 


『銭湯』(第4回ことばと新人賞受賞作)
書肆侃侃房刊
福田節郎著
ISBNコード:978-4-86385-577-9
定価:1,600円(税抜)
好評発売中!
http://www.kankanbou.com/books/novel/0577

Twitter
https://twitter.com/sentonokoto

 
 
 


『31文字の世界』(書肆侃侃房短歌カタログ)
書肆侃侃房刊
非売品・無料冊子

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