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自著を語る93 1本の青い傘を届ける旅

1本の青い傘を届ける旅

北條一浩

 昨年12月、『わたしのブックストア』という本を出した。大型書店とネット書店が増え、町の書店がどんどん消えて行くなか、それでも経営を続けている店は、いったいどんな人が、どんな工夫と思いでやっているのか、取材して歩こうというものである。  要点は2つあった。新刊書店と古書店を区別せずに扱うこと。「店」と同等もしくはそれ以上に「人」(店主)について書くこと。フルカラー128ページという体裁からわかるように、ガイドブックの様式を採りながらも、写真だけを見てもらえばよいというものではなく、テキストもしっかり読まれるものにしたかった。

 21の書店を最大公約数的に語っても意味がないが、共通点として強く感じたのは、個を個として提示するのではなく、店にやってくるお客さん、友人、土地や場所の記憶、動きなど、雑多な要素をうまく消化して棚に反映した店こそが魅力的だ、ということだった。  ささやかな、しかし忘れられない出来事がある。最初の取材先だった倉敷の蟲文庫を出る時、ちょうど雨が降ってきて、店主の田中美穂さんが傘を貸してくれた。「んー、普通のビニ傘とかのほうがいいですかね?」。ちょっと笑いながら田中さんが差し出した傘の色はあざやかなサックスブルーで、たしかにおっさんが差すにはいささか派手ではあったけれど、照れくさいくらいがいいという気がして、「いや、それがいいです、いただきます」と。

 で、それから少し経って17番目の取材先である仙台の火星の庭に行く時、またその朝が雨模様だった。最初は、いつ失くしてもかまわない透明のビニ傘を手にしたけれど、「そうだ、あの時の」と思い直し、サックスの傘を持っていくことにした。

 東北新幹線に乗り、宇都宮、福島と北上していくにつれ晴れ間がのぞくようになり、「傘、要らなかったな」と思ったその矢先。把手のところに引っ掛けてブラブラしていた傘をなにげなく見ると、柄の部分になにやらマジックで字が書いてある。すべて、ひらがな。あれ? これってもしかして……。

 それは火星の庭の店主・前野久美子さんの娘さんの名前だったのだ。前野さんと田中さんは交流があり、前野さん親子が蟲文庫を訪ねた際に忘れていった傘だったのである。そして田中さんもまた、そのことをすっかり忘れていた(そりゃそうだろう)。それがめぐりめぐって、自分が預かって、代わりに返しに行く格好になった、というわけである。

 「そういうことか」と新幹線の中で合点した時、気持ちのなかにもあかるく射してくるものがあった。しんどいスケジュールだけれど、この本はきっと、幸福な本になるに違いない。たぶん、うまく行くだろう。

 そしてほんとうに、そのとおりになった、と思う。この場を借りて、すべての店主の皆さま、読んでくださった方々にお礼を申し上げます。
bookstore
『わたしのブックストア あたらしい「小さな本屋」のかたち』
北條 一浩 著  (アスペクト 定価1,680円)好評発売中!
http://www.aspect.co.jp/np/isbn/9784757221635/

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