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『昨日も今日も古本さんぽ』

『昨日も今日も古本さんぽ』

岡崎武志

 今年一月は古本関係の本を二冊上梓した。もちろん、わがライター人生三十数年で初めてのこと。一冊は、『古本大全』(ちくま文庫)。同文庫から出した古本に関する本で、現在品切れになっている四冊からチョイス、そこへ単行本未収録の原稿と書きおろしの新稿を加えた。文字通り、私の古本および古本屋に関する著作の集大成(大全)である。

 もう一冊が、今回ご紹介する『昨日も今日も古本さんぽ』(書肆盛林堂)で、「古書通信」連載の同タイトルの古本紀行の八年分を収めた。一九九八年に「彷書月刊」で始まった連載が、同誌休刊により「古書通信」へ鞍替えして、昨年(二〇二三年)末に終了するまで続いた。四半世紀もの日本全国への古本屋探訪の記録が、工作舎からすでに二冊にまとまり、今回が三冊目。同様のテーマによる本はこれで打ち止めであろう。その意味でも、二段組み四百ページ近い大著となった今回の著作は感慨深い。北は北海道(本書の北限は青森)から南は熊本まで、毎月、なるべく未踏の店を探し遠征することは、連載終了とともにもうなくなるだろう。私もこの春、六十七歳となり、殉教者のごとき古本屋突撃の熱情はすでに枯渇し、残る人生はもう少し穏やかに、古本および古本屋とのつき合いをしたいと考えている。

 今回、巻末に労作とも言える店名索引をつけてもらった。延べ総数は約三百八十店。これは私にとっても便利なもので、あの店はいつ行ったのかという確認が一目瞭然である。本書の版元となった「盛林堂書房」ほか、「古書音羽館」「ささま書店」(現「古書ワルツ」)が頻出するのは、中央線沿線在住者としては当然だろう。地方では仙台「火星の庭」、土浦「つちうら古書倶楽部」、京都「古書善行堂」がよく顔を出す。「火星の庭」「善行堂」は店主と顔見知りで、客というより友人として訪れる感が強く、おしゃべりを楽しみにしている。

 再読して驚くのは、この八年の間にも、取材した店が次々と廃業、もしくはネット販売に移行する例が多いことだ。ゲラを読んで、その対応には悩まされた。ちゃんとカウントしたわけではないが、体感では三分の一が店売りを止めているようだ。

 ネットで本は極力買わない。あくまで店へ足を運んで、均一台を漁り、本棚と対話し、ときに店主と雑談することを無上の喜びとしては私のような古本者としては、これは由々しき事態であるが、時代の流れと言われればいかんともしがたい。古本も好きだが、古本屋も好き。これは若き日より古本屋巡りを始めた私の核心である。本書にも「古本と古本屋があってよかった。これがなければ、ぼくの人生、淋しいものだった」と呟いているが、本当にその通りだと思っている。

 それにしても古本屋偏愛は甚だしい。地方へ足を伸ばしても、名所旧跡や名物料理などいっさい眼もくれていない。観光というものに興味がない。日立では「佐藤書店」、水戸では「とらや書店」、郡山では「てんとうふ」、滋賀では「クロックワーク」、須賀川では「ふみくら」、静岡では「水曜文庫」ほか等々と、どこへ行っても古本屋の軒をくぐれば万事用済みでさっさと駅へ踵を返している。地元観光協会からすれば、これほど張り合いのない旅行客はないだろう。しかし、私はそれで充分満足なのである。古本屋を見れば、その街のことはだいたい分かる。また、途中の道すがらの見聞は、主観的ではあるが、なるべく記すようにした。古本屋以外では、地元の喫茶店へはなるべく立ち寄ることにしている。チェーンカフェではなく純喫茶。大阪の「マル屋」、新潟のジャズ喫茶「スワン」、青森「ロマン」などは、その街と喫茶店で買ったばかりの古本を開く安らぎの時間と分かちがたく結びついている。私にとっての「生きる歓び」なのだ。

 しかし、極端だなあと思うケースもある。福島県いわき市「阿武隈書房」へは、そのために特急「ひたち」に乗車し、三時間半ほどかけて出かけたのだが、平日と土日の営業時間が違うことを店の前まで来て知り、約一時間、時間つぶしのため知らない街をさすらうことになる。次の磐越東線に乗りつぐ時間がタイトで、店にいられるのはたった十分。あわただしい古本屋探訪を終え、全速力で駅へ戻ったら、強風で発車が遅延していた。何も、そんなに急ぐことはなかったのである。こういう滑稽なアクシデントを面白がる気持ちがなければ、こんな酔狂な古本旅を四半世紀も続けられなかったと思う。

 また、本書の特徴として、店や人物を取材することもあるライターという身分を生かして、わりあい平気で、初対面の店主から話を聞きだしていることだ。人はいかに古本屋になるか。これが十人十色で、聞いて驚く新事実を興奮をもって伝えている。大阪府高槻市の「古書四季」は、店主が高校大学と私の先輩であると知り訪ねたのだが、話を聞くと中学も一緒。会えたことを喜んで下さったし、私も書くのに力が入った。信州上田の老舗「斎藤書店」は、何の情報も持たずに出かけたら、お店を閉じるまぎわで、こちらも古い話をうかがった。

 「人に歴史あり」というが、「店にも歴史がある」。そんな一端を記すことができた。お店の写真とともに、本書の記録としての価値は、これから先、上っていくはずだ。私はそのことを自負している。場所を与えられて書き続けた原稿だが、誰にもできることではないと改めて思う。限定五百部で、発売前に三百冊強の注文が入った。注文分には全冊、サイン、イラスト、落款を入れた。直近の情報では残り百冊。原則、増刷はしない版元なので、煽るわけではないが、買い時ですよと言っておこう。私も保存用として五冊は確保しておきたい。

 
 
 
 


『昨日も今日も古本さんぽ 2015-2022』
書肆盛林堂刊
岡崎武志著
税込価格:3,000円
ISBN:978-4-911229-02-6
好評発売中!
https://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca0/1112/p-r-s/

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