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『サンリオ出版大全』

『サンリオ出版大全』

小平麻衣子(慶應義塾大学文学部教授)

 ハローキティでおなじみのサンリオは今や、総選挙のようなキャラクター大賞のみならず、NEXT KAWAII PROJECTやVirtual Festival、ピューロランドでのミュージカルやキティによる歌舞伎と、現代的なイベントを次々に行っている。だから隔世の感があるが、そもそもぺったりと二次元のキャラクターは、ペラペラの下敷きやペラペラのビニールポーチ、プラスチックなペンケースや布バッグにこそ似つかわしかった。そんなペラペラの時代とは、いわずもがな、紙の印刷物が文化の主流だった時代でもある。

 創業者の辻信太郎が、商品にいちごの模様をつけて売れたのをきっかけに、モノに用途以上の価値を付加するために1970年代に生まれたキャラクターたちは、学校という場や教養主義に妙になじみながら、サブカルチャーへの道も醸成していく。本書は、それらの交差点としての1970年代を、サンリオという一企業を視座として見てみようとするものである。

 辻信太郎と、イラストレーターで詩人のやなせたかしの出会いによって生まれた雑誌『詩とメルヘン』に心を躍らせたかつての若い読者は多いに違いない。本書の装幀に使わせていただいたのは、やなせたかしによる『詩とメルヘン』表紙の一枚だが、イラスト、投稿の選、エッセイ執筆など、ほとんどを彼が担って雑誌は作られた。

 やなせを筆頭に、葉祥明や林静一、おおた慶文など印象的なイラストがつけられた投稿者の詩は、シンプルで、文学の先端的な詩とはほど遠いものである。だが、のちに政治家の言葉を揶揄するのに使われたり、〈マンション・ポエム〉などと呼ばれて価値を引き下げられた〈ポエム〉であるというわけでもない。メルヘンと呼ばれる空想的な物語も、虫のよい甘さを求めてはいない。

 サンリオは、ファンシーグッズの隣に並べられたようなミニ・ブックや、それとは対極にもみえる入沢康夫や天沢退二郎の詩集、気鋭の詩人たちの「女性詩人叢書」など、多彩な出版を行い、『詩とメルヘン』はそのなかに生まれた。初期には高田敏子や、珍しいところではプロレタリア詩人で童話作家の武田亜公なども掲載されているから、遠くサークル詩などの雰囲気を吸収しつつ、その変貌が畳み込まれているのだ。これらの生真面目ではにかみがちな詩は、その後の大量消費時代に過去に追いやられた感があるが、ようやく評価しなおす時が来たのではないか。

 またミニ・ブックがファンシーショップに卸されたり、1980年代にサンリオギャラリーから72×52センチの巨大なアート雑誌『EXIT』が発行されているのをみると、もともと出版社ではないせいか、書籍の形態や流通の側面でも型破りな行動をしていることがわかる。

 本書では総勢13名の研究者が、それぞれの関心を掘り下げた。執筆者名を挙げる余裕がないのでぜひ目次をごらんいただきたいが、『詩とメルヘン』については、やなせたかしの詩についての考え方や、いわゆる先端的な詩壇との意図されえぬ接点、やなせが新しい〈メルヘン〉定義の実現を託した安房直子などを取り上げる。さらに、きのゆりや尾家明子、内城文恵などの投稿者たちが、雑誌の企画や自らの詩につけられたイラストに、わずかにいらだち、それらとの齟齬を新たな言葉にしていく経緯を見つめる。

 後半では、辻信太郎が大量に書いた物語や、『いちご新聞』のいちごの王さま語録にみられる教養主義という原点を捉え、また事業の拡大で出現するさまざまな媒体について論じた。漫画誌『リリカ』におけるリリシズムをサンリオらしさとして定位し、また「キタキツネ物語」や「シリウスの伝説」に代表される映画事業の意義と変遷、サンリオSF文庫を主導した山野浩一のSF観、SF文庫と少女漫画家とフェミニズムとの関係などを論じている。加えて、投稿で、イラストで、サンリオ出版物の編集として、それぞれに関係した方のインタビューも収めている。

 ただ、期待している読み手もあると思うので白状すると、ジョン・アーヴィングやガルシア・マルケス、トマス・ピンチョンなどの翻訳で有名なサンリオ文庫については取り上げる余裕がなかった。女性向け通俗恋愛小説のシルエット・ロマンスシリーズなどについてはコラムとしてふれているが、サンリオといえばこの世界も、という、遠藤周作監訳のヴィル・ヒュイゲンとリーン・ポールトフリート『ノーム』や、岸田衿子訳のイーディス・ホールデン『カントリー・ダイアリー』なども取り上げていない。執筆者の多くが日本文学研究者であるゆえの特色と同時に偏りもある。

 まだまだ課題はあり、『大全』を名乗るのも面はゆいのではあるが、ジャンルごとではなく、その集合体として眺めることに今回の意義がある。本書をきっかけに、それぞれのサンリオ物語を持ち寄っていただければ幸いである。

 
 
 
 


『サンリオ出版大全 教養・メルヘン・SF文庫』
慶應義塾大学出版会刊
小平麻衣子・井原あや・尾崎名津子・徳永夏子 編
税込価格:3,960円
ISBN:978-4766429404

執筆者一覧(掲載順)
小平麻衣子 (おだいら まいこ)
慶應義塾大学文学部教授

大島丈志(おおしま たけし)
文教大学教育学部教授

吉田恵理(よしだ えり)
都留文科大学文学部准教授

尾崎名津子(おざき なつこ)
立教大学文学部准教授

米山大樹(よねやま ひろき)
立教大学文学部、文教大学情報学部兼任(非常勤)講師

井原あや(いはら あや)
大妻女子大学文学部専任講師

徳永夏子(とくなが なつこ)
日本大学スポーツ科学部専任講師

河田 綾(かわた りょう)
サレジオ工業高等専門学校一般教育科助教

帆苅基生(ほがり もとお)
弘前大学教育学部助教

村松まりあ(むらまつ まりあ)
立教大学大学院文学研究科博士課程後期課程在籍中

木村智哉(きむら ともや)
開志専門職大学アニメ・マンガ学部准教授

加藤 優(かとう ゆう)
駒澤大学、東洋英和女学院中学部・高等部非常勤講師

吉田司雄(よしだ もりお)
工学院大学教育推進機構教授

小手鞠るい(こでまり るい)
詩人、小説家

小池昌代(こいけ まさよ)
詩人、小説家

永田 萠(ながた もえ)
イラストレーター、挿絵画家、絵本作家

高桑秀樹(たかくわ ひでき)
元『いちご新聞』編集長、株式会社サンリオ勤務

好評発売中!
https://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766429404/

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