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自著を語る 古本屋が『映画学の道しるべ』を読み解けば 2

古本屋が『映画学の道しるべ』を読み解けば 2

稲垣書店 中山信如

日本古書通信 2012年1月号より転載

 しかし、それにしても、牧野守という人はなんて幸運な人なんだろう。もはやここまでくれば、幸運というより強運といったほうがいいかもしれない。その強運の典型がコロンビア大への整理搬出を一人で手伝い、「キネマ旬報」昭和戦前期復刻版の編集を一人でつとめ、本書の編集を四年かけ一人でこなした佐藤洋(よう)の存在だろう。牧野には申し訳ないが佐藤の存在なしにはこの本は出なかった、出せなかった。つまり本書は牧野守の著作であると同時に、若き研究者佐藤洋の身につけた知識と方法論を世に問うた発表の場でもあったのである。それを追体験する意味でも、私は本書を私がたどったと同じコースで読んでみることをおすすめしたい。

 コースといっても別段ややこしくはない。ただ最初に、巻末の三段組十ページにわたる佐藤の解説「牧野守論」を読んでからスタートしてみるだけだ。こうして全体のあたりをつけたら、最初に戻って普通に「ガクノススメ」から始めよう。これは「キネ旬」に連載当時、一般誌としては異色のカタい内容として好評ならざるものだったが、今になって読み直してみると、佐藤の綿密な校訂のおかげもあって荒っぽかった牧野の文も影をひそめ、意外と読みやすく、自らの研究環境の記録を念頭に当時の学問状況や交流の様子をとどめんとしたタイムリーな話題も豊富で、おもしろい。

 これで牧野の研究の概要を知ったら、次に研究者になる前の前史としての、記録映画やプロキノこと日本プロレタリア映画同盟などに関する論考へ。ほとんどがドキュメンタリー作家としての出自から記録映画関係の業界紙誌に書いた論考ゆえ、私を含めた一般の映画ファンには読みにくいしなじみにくい。でもこれこそ著者牧野がいちばん書き残しておきたかった要諦である以上、削るわけにはいかないのだ。だから我慢して読みおえれば、あとは実作者を卒業し蒐集家書誌学者となって以降の文献資料考をはさんで、再びラストの佐藤の牧野論「このさびしさを、きみはほほ笑む」に戻る。この解説は、いい。改めて読み返してみれば、五十年に及ぶ牧野の過去と業績がストンと腑に落ちる。

 そのためにも同じ佐藤がコレクション整理最中の五年前、牧野に聞き出し早大映画学研究会発行の「映画学」20号に載せた、「長い回り道・牧野守に聞く」だけは収録してもらいたかった。これは発行当時から牧野という人物と研究内容がよくわかって感心させられたものだが、分量的な制約上古くてアクセスしにくいものだけにしぼらざるをえないとのコンセプトのため、残念ながら見送られてしまったが、是非とも一読をすすめたい。ついでにもう一つないものねだりをすれば、『日本映画文献書誌』明治大正期の続編、すでにカードはできているという昭和戦前期を、雄松堂にもうひとふんばりして出してもらいたい。

 いずれにせよ牧野にとって五十以上も歳の離れた佐藤という協同者に出会えたことは、強運というほかない。また佐藤にとってもこれからの長い研究者人生において、得がたい経験になるだろうことは間違いない。

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