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『百花繚乱の美人画ポスター』

『百花繚乱の美人画ポスター』

田島奈都子(青梅市立美術館 学芸員)

 2024年3月に芸術新聞社より出版された拙著『百花繚乱の美人画ポスター』は、1900~
30年代に製作された日本製ポスターの中から、眉目秀麗な着飾った女性を主題とした「美人画ポスター」を約100点、「画家の競演」、「図案家の活躍」、「妍を競う懸賞募集」、
「銀幕の美女」、「誘惑のエロティシズム」、「写真の活用」の6つの章に分けて紹介するものである。

 筆者はこれまでも、この種の作品を既刊本の中で取り上げてきた。ただし、これは戦前期の日本製ポスターには、女性が主題としたものが多いという現実に即した結果であり、「美人画」という視点に立って作品と対峙することは、筆者にとっても久々のことであった。そしてこの背景には、「鑑賞性」が強い美人画ポスターは、広告としての役割を十分に果たしておらず、したがって学問的に研究するに値しないとする認識が、従来のポスター研究の間で支配的であったことが関係している。

 しかし、戦前期の日本製ポスターは、確かに広告を目的として製作されたものの、依頼主となる企業にとっては、自社の財力や趣味の良さを見せつける、「ステータス・シンボル」と
して機能した時代が長かった。また、それが掲出される店舗においては、店頭や店内を美しく飾る「装飾材料」となることが求められてもいた。したがって、最新流行の豪華な衣装を身に着けた女性像を、著名な画家や人気の図案家に描かせたり、美人の誉れが高い芸妓や映画女優を、主題として起用したりすることは、そのようなポスター用原画を、当代最高級の製版印刷技術を用いて複製することを含めて、実は非常に理にかなった行為だったのである。

ましてや、高温多湿で日差しの強い日本においては、商業ポスターが欧米のように完全な屋外に掲出されることはほぼなく、ショーウインドーの中や店内の壁面に、額装されて掲出されることを常としていた。そうなると必然的に、ポスターと鑑賞者の距離は近くなり、「複製絵画的」であることや、「近くから見ても精緻で美しい」ことは、一般市民が優れたポスターと
認める要件にもなっていった。

 このような状況から、戦前期の日本においては、ポスターといえば美人画的な作品が主流となった。ただし、この「圧倒的に数が多い」状況は、ときとしてこうした作品全体を「取るに足らない存在」と見なし、原画製作に携わった画家や図案家を、軽んじる風潮を助長してきた。

事実、展覧会や書籍においては、どうしても「数の少ない珍しい」作品が選ばれがちであり、1911年に三越呉服店が行った第1回広告画図案懸賞募集において1等に選ばれた、橋口五葉による《三越呉服店 此美人》や、日本初のセミヌード・ポスターとされている、1922年の片岡敏郎と井上木陀による、松島栄美子をモデルにした《赤玉ポートワイン》のような、
ポスター史において重要な一部の作品を除くと、美人画ポスターは製作年や作者不詳の作品が多いことも相まって、これまでは「十把一絡げ」的に語られることが多かった。

 さて、こうした中での本書は、美人画ポスターに対する正当な評価を促すべく、出版されたといっても過言ではない。ただしそのためには、誰もが「見るべき価値を有する」と思える
作品から、先に紹介することが定石であり、本書においては『百花繚乱の美人画ポスター』の書名に相応しい優品を約100点厳選し、それらを冒頭でも述べた6つの章に分類提示することにした。

また、それらを理解となる一助になるべく、各作品には200文字程度の個別解説を付け、
本書の中核をなす6章を挟むかたちで、約2000文字の「美人画ポスター前史」と「美人画
ポスターの終焉」も執筆し、美人画ポスターが全盛期を迎えた前後の時代状況についても
言及することにした。そのうえ、巻末には作家やモデルの略歴に加えて、1935年7月10日~8月21日に発行された『東京毎夕新聞』に連載された、著名画家による美人論「夏の女を語る」と、1931年6月10日発行の『婦人子供報知』第7号に掲載された、明治から昭和初期の髪型の変遷を図示した、鰭崎英朋による「明治から昭和初期の髪かたち」が、付録として再録されているのであるから、本書は「見ごたえ」のみならず、「読みごたえ」も十分な1冊に
仕上がったと自負している。

 本書を出版するにあたっては、一から該当する作品を洗い出し、分類整理し、章立てを考えつつ取捨選択を繰り返したが、こうした作業は想像した以上に楽しかった。また、解説文を
執筆するために改めて作品と向き合ってみると、新たな一面や意外な面白さを発見することも多々あり、作画に当たっては各作者が相当勉強し、計算していたことにも気づかされた。
本書を通して、美人画ポスターの豊かさを奥深さを再確認して頂ければ、著者としては幸甚である。
 
 


 
『百花繚乱の美人画ポスター』
芸術新聞社 
田島奈都子 
3,630円(税込)
ISBN:978-4-87586-696-1
 
好評発売中!
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784875866961

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