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自著を語る(117) 『心の流浪 挿絵画家・樺島勝一』について

『心の流浪 挿絵画家・樺島勝一』について

大橋博之

『心の流浪 挿絵画家・樺島勝一』(弦書房)を上梓させて頂いた。
「日本の古本屋」を利用されている古書マニアな方々には樺島勝一(椛島勝一)の説明は不要かもしれない。まぁ一応、書いておくと、樺島は1888年(明治21年)、長崎県諫早市の生まれ。大正から昭和初期にかけて活躍した挿絵画家だ。〈少年倶楽部〉に描いた挿絵が絶大なる人気を博した。なんといっても独学で修得したというペン画が卓越しており、写真と見間違うような出来栄えに当時、誰もが舌を巻いた。特に船を描かせれば右に出る者はいないと言わしめた。船はロープ一本おろそかにせず描き込む。さらに圧巻なのは白波うめく波の描写だ。兎に角その描き込みには戦慄が走る。そんなことから〝船の樺島〟と評された。代表作に『正チャンの冒険』、山中峯太郎の『敵中横断三百里』『亜細亜の曙』、南洋一郎の『吼える密林』、海野十三の『浮かぶ飛行島』などの挿絵がある。

 樺島勝一をリアルタイムで知る人は今ではそれなりのご高齢の方だ。樺島が最も活躍した〈少年倶楽部〉を読んだという読者は70歳以上だと思う。版元の弦書房は『心の流浪 挿絵画家・樺島勝一』を読んでくれたという方からの、感想をしたためた手紙などをわざわざ転送してくれる。樺島のファンは、やはり今も心に樺島が残っているのだなと感じることが出来て嬉しい。

 2014年5月4日の〈朝日新聞〉「読書」蘭で、やはり樺島の熱烈的ファンである横尾忠則さんが書評を書いてくれた。その書評を読んで買ったよ、とイラストレーターの水野良太郎さん(http://ryot-mizno-web-magazine.webnode.jp/)が手紙を私に送ってくれた。

 水野さんは「スケッチやデッサンは独学だとしても、実は『スケッチ・デッサンの独学』くらい大変な作業はありません。ましてリアルなデッサンをモノにするのは売れっ子の画家でさえ厄介で面倒な作業。特別に勉強をしなくても画家になれるのは、最初から成熟した画才の持ち主だったとしか思えないです」とプロのイラストレーターの立場から感想を書いてくれている。水野さんのように絵を描く立場からの意見というのはとても興味深い。

 水野さんは1936年(昭和11年)三重県四日市生まれ。昭和20年の終戦の時は小学校三年生。最後の樺島世代にあたる。戦火を逃れた家庭には大正や昭和初期の児童書籍や雑誌が大切に残されており、そんなところで〈少年倶楽部〉などもむさぼり読むことが出来たという。そして樺島の絵にも触れ、感銘を受けた。水野さんは樺島の描く絵の「『一瞬停止状態の描写』は当時のハイスピード・カメラで撮った写真のように見えて、リアリズム表現の先端をイラストに取り込んだ感覚を新鮮に思いました」と評する。なるほどと感心。なんとも上手い表現だ。

 樺島のファンとなった水野さんは中学二年生の頃に講談社に樺島の所在を訊ね、教えてもらった住所にファンレターと共に自身が描いた絵を送った。すると直筆の返事が届いた。その葉書のコピーも送ってくださったのだが、それがとても貴重な資料なのだ。一通を折角なので紹介しておきたい。

「あなたの力作を拝見しました。大体あなたの研究方法で好いと思ひました。率直に申せばあなたの描かれた海の感じが少し不充分かと思ひました。今少し研究される必要があります。あなたが感じられた通り海は何画で描いてもむずかしいです。殊にペン画の場合には波を描いて山に見へる恐れが多分にありますから、実際に海を見て研究するのが最も好い方法です。波の場合には共沸と反対の側にも相当に反射の光があることを知って置かれる必要があります」

 波を描くと山に見える恐れがある、波は波らしく描く。そのためには実際に海を見て研究する必要がある。そして、波のうねりに光と影がある。〝船の樺島〟と言わしめる真髄のひと言だ。
kokoro
『心の流浪 挿絵画家・樺島勝一』 大橋博之 著
弦書房 定価 2200円 (+税) 好評発売中
http://genshobo.com/?p=5871

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