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『戦前モダニズム出版社探検
―金星堂、厚生閣書店、椎の木社ほか』

『戦前モダニズム出版社探検―金星堂、厚生閣書店、椎の木社ほか』

高橋輝次

 私は今まで出した古本エッセイ集でも、近代日本の出版社やその編集者の仕事に注目し、
限られた資料をもとに種々探索した成果を発表してきた。今度の本も論創社刊の『編集者の
生きた空間』(2017年)に続く出版史が中心の本である。

 ここでは第一次世界大戦後、欧州で興った新しい思想、文学、美術の潮流(未来派、立体派、表現派、ダダ、シュルレアリスムなど)の影響を受け、日本でも大正末から昭和初期に
かけて春山行夫編集の『詩と詩論』や北園克衛編集の『レスプリ・ヌーボウ』を始めとする
モダニズム文学や詩、美術の創作活動が盛んになる頃、いち早くその動向に注目して彼らの
活動を陰で支援した出版社群があった。列挙すれば、金星堂、厚生閣書店、椎の木社、第一
書房、白水社、創元社、紀伊國屋書店出版部、プラトン社、砂子屋書房、赤塚書房、山本
書店、ボン書店、武蔵野書院、野田書房などなどである。このうち、プラトン社、第一書房、ボン書店についてはすでに調査の行き届いた名著が出ている。戦前の創元社については、大谷晃一『ある出版人の肖像』や私も『ぼくの創元社覚え書』(龜鳴屋)を出している。

紀伊國屋書店出版部についても、以前、同書店のPR誌に内堀弘氏が「予感の本棚」を連載されたが、まだ本にまとまっていない。実は、私も旧著『古書往来』(みずのわ出版)の中で、同社から昭和8年以来、2年程出ていた文芸雑誌『行動』の編集長、豊田三郎の自伝的小説
『新しき軌道』(協和書院)の一部を引きつつ、出版部の実態を紹介したことがある(編集者に野口冨士男がいた)。

 今回、私は例によって古本展や目録で見つけた一冊の本や雑誌をきっかけにして、金星堂、厚生閣書店、椎の木社に関心をもち、おぼつかぬ足どりながら探索を続け、その成果を
日録風に綴ってみた。例えば、金星堂社主、福岡益雄や編集者、松山悦三、飯田豊二、
伊藤整(!)、町野静雄、吉田一穂『海の聖母』の装幀者、亀山巌、川端の『伊豆の踊子』の装幀や金星堂発行の『文藝時代』の装画を描いた吉田謙吉や同誌の表紙を飾った「アクション」の画家たち。厚生閣在社時代の春山行夫の仕事の実態。さらに椎の木社主宰の百田宗治とその同人詩人たちの仕事、とくに左川ちか、高祖保の作品活動など、盛り沢山に登場させ、
紹介している(400頁ある!)。

 探索の過程で、金星堂のPR誌『金星』や『金星堂ニュース』の内容を部分的ながら紹介できたこと、また金星堂の編集者でアナキストでもあった飯田豊二の生涯と仕事を比較的詳しく追跡できたことを秘かに自負している。ただ、正直に言って、難解と見なされている内外の
モダニズム文学、詩については不勉強で付け焼き刃的にしか読んではいないので、誤りや
勘違いがあるかもしれない。

 本書を読み返してみると、詩の引用などは多少しているが、それよりも新しい文学運動を担った文学者や出版人、編集者、画家たちの人物像人間関係に、より焦点を当てて紹介している文章が多いのに気づいた。そういえば、むろん私のよりずっと体系的で卓越した文章だが、山口昌男氏の一連の精神史の執筆スタイルとも一寸似通ったところがありはしないか、と僭越ながら思っている私である。

 例えば、吉田一穂と亀山巌の微妙な関係や『椎の木』の主宰者、百田宗治をめぐる室生犀星、伊藤整、春山行夫、北園克衛、左川ちか、高祖保、岩佐東一郎らの暖かい交流ぶりなどである。その人脈の豊かさには驚かされる。これらの文章を通して、私は亀山や百田の再評価を促したつもりである。

 出版史としては他にも、私が40過ぎまで在社した創元社の戦前、文芸出版社としての歩みを、二代目社長矢部文治氏の遺稿エッセイ集をお借りしながらたどっている。また同社東京
支店編集部(校閲部)にいた松村泰太郎―横光利一と親交があった―の珍しい小説も紹介することができた。

 さらに巻頭には「種村季弘の編集者時代」を収めている。これは種村氏が東大独文科を卒業後、光文社に入社して3年間程、編集者として働いた頃の数々のエピソードを氏のエッセイ集から探し出してまとめたもので、種村氏の仕事へのアプローチとしては異色のものではないかと思っている。なお、校了後、氏は東大在学中の後半に「東大新聞」の編集者として1年間
務めていたことが判明した。(詳しくは、本書校了後に新たに書いた余話的な文章とその他の雑文、計10篇をまとめて出した私家版の小冊子『「モダニズム出版社の探検」余話』中の一文を参照して下さると有難い。ご希望の方はFAX 078-841-6161まで)

 私は研究者でも文芸評論家でもなく、一介の古本好きの元編集者にすぎないので、その
書き方は社史や評伝、研究書のように時系列に沿ったまとまったものでなく、話は収穫ごとにあっちこっちに飛び、古本が古本を呼ぶ脱線した話も多い。元々、近代出版史の資料は数少なく、謎も多いので、その探検は難行となる。私の入手できた資料だけでは当然限界がある。

そこで、今回も曾根博義氏を始めとする多くのすぐれた近代日本文学や美術史の研究者たちの先行研究を大いに援用させていただき、感謝している。また古本で入手が困難な資料については日本近代文学館や神奈川近代文学館にコピーをお願いして種々お世話になった。
本書が古本好きな読者はもとより、編集者の仕事や出版史に関心をもつ方々に広く読まれ、
少しでも楽しんでもらえたら、望外の喜びです。

 
 
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戦前モダニズム出版社探検
―金星堂、厚生閣書店、椎の木社ほか
高橋輝次 著
論創社 刊
3,300円(税込)
 
好評発売中!
>https://ronso.co.jp/

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