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「青き心」と「時代の匂い」~『五十嵐日記』を読む

「青き心」と「時代の匂い」~『五十嵐日記』を読む

古書現世 向井透史

 日記というものは、本の中でも人気のあるジャンルのひとつである。文学者や政治家や俳優など著名人の日記が多数出版されている。この度、笠間書院より早稲田の古書店、五十嵐書店店主・五十嵐智氏の、神保町での修業時代の日記が公刊された。五十嵐氏は昭和9年、山形生まれ。『五十嵐日記 古書店員の昭和』は、五十嵐青年の昭和28年から37年に渡る、まさに戦後の高度成長第一期に重なる時代の労働者の生の声である。

 五十嵐書店は「専門店化されてないが故に値段が安い」という早稲田スタイルとは違う、国文学書専門の早稲田を代表する古書店の一軒である。平成14年の店舗建て替えに伴うリニューアル後は一階が跡継ぎである次男の修氏による、アートなどを中心に様々にセレクトされた本たちが並ぶギャラリー的な見やすいスペースに、地下を今まで通りの国文学中心の学術書にという店舗に変わって現在に至っている。
 
 五十嵐氏は昭和28年に上京。職業安定所での紹介を受けた水道橋の会社の面接を受けた帰り道を間違え偶然に神保町の古書店街へたどりつき、南海堂書店店頭の従業員募集の張り紙を見つける。現在は「古本屋になる」ということは能動的に捉えられ、職業と自己表現の重なるものとして選択する人が増えてきてはいるが、時代であろう、五十嵐氏はこのような本当の偶然から修業時代を始めたのだ。

以前、私は早稲田の古書店主たちの開店までのエピソードを聞き書きにした『早稲田古本屋街』(未來社)という本で各店舗を取材したのだが、ある世代の、縁を頼って、または何かの事情で上京し、そこがたまたま古本屋だった、これで生きていくしかないんだという生の声をとても興味深く聞いていた。そのような日々の生の記録がこの本の出版により誰もが目にすることができるようになったのである。日記の補遺、人名索引、関連資料などもまた便利である。

この日記は、時代が重なる「三丁目の夕日」のようにドラマチックではない。変わらない毎日に見えて、本当に少しずつ、青年が仕事に自信をつけ、考えを持ち、独立していく過程が描かれている。だからこそ貴重な資料となっている。後に結婚することになる地元の女性との淡い恋もスパイスとしてとてもいい。このころのリアルな「時代の匂い」を感じたい人に、そして「青き心」を忘れてしまった人の胸に、この本は静かに問いかけてくるだろう。
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    『五十嵐日記 古書店の原風景―古書店員の昭和へ』
  五十嵐智/河内聡子/中野綾子/和田敦彦/渡辺匡一編
  笠間書院刊 定価:2,400円(税別) 好評発売中!
 http://kasamashoin.jp/2014/10/post_3054.html

Copyright (c) 2014 東京都古書籍商業協同組合

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