『広告写真のモダニズム』は古書とともに松實 輝彦 |
中山岩太はモダニズム期と呼ばれる1930年代の日本で、新興写真の牽引者として関西を拠点に活躍した写真家であった。本書は中山が撮影した一枚の広告写真「福助足袋」をめぐって、当時の写真界やデザイン界を主とする視覚文化メディアが経験した衝撃や、その文化的変容を写真史の観点から考察したものである。と書きだすと、なにやらお堅いだけの専門書かと思われてしまいそうだが、さにあらず。記述にあたっては古書濃度をうんと高めに設定して、鋭意取り組んだつもりである。 その証拠をふたつ。巻頭の「はじめに」では、地元の古書店で掘りだした雑誌「広告界」の新年号附録『広告辞典1931』を使って、4ページ分の記述をやりくりした。そして巻末の「あとがき」では遠征先の古本市にて、ダンボール箱一杯の紙束の中から引き抜いた60年前の神戸大丸の運動会プログラムについて、3ページにわたり浪費もとい記載した。
こんな調子であるから、中身の全5章についても心配ご無用である。中山岩太の写真が袋表紙となった神戸市観光課の絵葉書セット、中山が装丁した唯一の(と思われる)箱入りの歌集、中山写真室のスタンプが押印された歌手・松島詩子の肖像写真(新発見)等々。また中山以外にも、板垣鷹穂が打ちだした機械美学のマニフェスト『機械と芸術との交流』、峰岸義一による奇天烈なシュールレアリスム雑誌「巴里・東京」、資生堂が発行した『立体写真像(銅像)』という変てこな小冊子、パリ老舗菓子店WEISSのかわいさ満点のチョコレートカタログ(1930年頃)等々。あれこれ間断なく登場する資料をとおしてモダニズム時代の空気が伝わるよう、細工は抜かりなく施したつもりだ。 ただ、本書でいちばん描きたかったのは、モダニズム期から戦時下へと移ろいゆくはざまにあって、芸術写真にも広告(報道)写真のどちらにも邁進できずに葛藤する写真家・中山の姿なのだが、その肝心な箇所については少々心許無い。こればかりは読者の方々が手にとっていただいたうえで、その評価を仰ぐしかない。 一枚の広告写真を追いかけることから始まった本書は不肖の博士論文が基になっており、多くの方々からの協力と支援を賜ることでようやく完成したものである。関係各位に深く感謝いたします。そして同じくらいに多くの古書たちにもお世話になった。根気よく古書の地層を掘れば、何かしら珍しそうなものは出てくる。だがそれがいったい何なのかは、大抵いつも謎だらけなのだ。それでもめげることなく、身銭で仕入れた小さなスコップひとつで、硬くうねった写真史の古書地層をこれからも掘りつづけてゆく所存であります。 『広告写真のモダニズム 写真家・中山岩太と一九三〇年代』 |
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