『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』執筆に際しては、書店新風会関連の資料などの購入で「日本の古本屋」にはとてもお世話になった。こうして執筆機会をいただけて非常に嬉しく思っている。
この本は「はじめに」で断っているとおり戦後の新刊書店の歴史であり、古本屋のことは
ほとんど扱えていない。
古本屋を含めなかった理由は、新刊書店史のあゆみとはかなり異なるため、両方扱うと話が散漫になりそうだと思ったこと、うまくまとめられたとしても本が新書に適さないほど分厚くなるであろうこと、古本は新本と比べて統計、調査が少なく全体像が描きにくいと思ったこと、などが理由だ。
しかし、文中でも記したとおり、読書世論調査などを踏まえると日本人(16歳以上)の
平均的な書籍の読書冊数は2冊未満でずっと推移している。仮に月1・5冊として人口1.2億人とすると日本人は年間21・6億冊読んでいる。2023年には書籍の推定販売部数は4・6億冊、公立図書館では個人貸出と団体貸出を合わせて8・4億冊(出版科学研究所、
日本図書館協会調べ)である。新刊で買った本、図書館で借りた本をすべて読んだというムリな仮定を置いても残り4割、8・6億冊は新刊書店でも公共図書館でもないところから調達した書籍が読まれていることになる。すでに家にある本、そして古本屋抜きに読書も本の購買も語れないのである。
拙著発売の少し前に鹿島茂氏の『古本屋の誕生』が刊行されたが、誰かに新刊と古本を合わせた総体的な本屋・読書の歴史を書いてもらいたいと思う。
私は戦後の新刊書店史を描くだけでも調べ物が大変すぎて、もう二度と同じような作業はしたくないので遠慮したい。
古本業界や古本好きの方々には自明のこととは思うが一応書かせていただくと、新刊書店と古本屋の兼業は、昭和初期まではめずらしくなかった。
松本昇平『業務日誌余白』(1981年)によれば、大正時代に新刊の返品が自由になった(買切から委託に移行した)あともしばらくは「仕入れたら割り引いてでも売り切る」のが
書店の責務と考える向きがあり、書店の多くは古書店を兼ねていた。当時はひとつの店が、
新本の小売から古書の買い入れ・販売、せどりまでやっていた。
ところが新本・古本兼業書店では、新品の雑誌を買った読者が読んですぐ同じ店に売り、
その古本を本屋が版元に返品する不正販売・不正返品が昭和初年代に横行し、1932年
(昭和7年)に日本雑誌協会が「古本兼業禁止」を全国書店商に通告。書店から大反対されるも、結局、組合規約でも禁止された。
戦後になっても「新本と古書兼業者」「新本と貸本兼業者」は新刊書店の組合には原則加入できなかった。古書店が新刊雑誌を発売日前に値引き販売したことで書店組合がクレームを
付けてやめさせる事件(「全国書店新聞」日本書籍商業組合連合会、1972年1月15日)や、1977年には書店が古新聞や古雑誌をあつかう古紙業者から雑誌を買って取次に返品して換金する「杉田商店事件」があった(『日本雑誌協会二十年史』1981年)。
1980年代前半には神田の古書店街で新刊ベストセラーや辞書類が値引き販売されている
ことが問題にもなっていた(『出版年鑑』1983年版~1985年版)。
新本のみをあつかう出版社、取次、書店からすると古本=不正換金手段、再販契約のアウトサイダーというイメージがつきまとってきた。
ブックオフの台頭以降はやや風向きが変わり、新刊書店と古本兼業もまた少し増えたが、
兼業店のオーナーに訊くと「正直、今も出版社からはよく思われていない」と返ってくることもある。
生活者としては新刊書店、出版社、取次いずれの人も古本屋も当たり前に使っていると思う。いわゆる本好きはなおさら「新刊だけ」「古本だけ」という人はまれだろう。それなのに、いつまで色眼鏡で見て垣根を設けるつもりなのかと思ってしまう。
古本屋を近くて遠い存在にし、1940年代以来の出版流通システムに何年も浸かってきたことで、仕入れと値付け、資金繰りがいかに重要なのかという古本屋なら当たり前に認識している小売業の基本を、新刊書店はいささか忘却してしまい、あとになってそのツケを払わされているように見える。
本の定価は出版社が付け、本の仕入のかなりの部分が取次による見計らい配本に左右され、入出金の支払いサイトも取次に握られている。系列店やフランチャイズでもないのに、である。この異様な業態が新刊書店だった。
取次のパターン配本、チェーン書店での本部一括仕入れなどを背景とした「金太郎飴書店」という言葉は、新刊書店では揶揄の言葉として一般的だ。実際そう感じる本屋もある。だが
古本屋にこの言葉が用いられることは少ない。新古書店でさえ、一店ごとに個性がある(出てしまう)。
見計らい配本だと、取次が勝手に送りつけてきた本に対して、その分の仕入金額が発生する。つまり書店は月々の仕入の金額が事前にわからないというおそろしい状態になる。しかも書店に本が着荷した翌月末には支払いが発生する。書籍の場合は返品自体も返品後の返金もそれより遅くなりがちだ。結果、キャッシュフローが悪化しやすいという取引条件なのである。にもかかわらず、この問題も、取次が買掛金の取り立てを厳しくしはじめる1990年代後半まで見過ごされてきた。
古本業界や古本ファンの方が『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』を読むポイントとしては、このように近くて遠い新刊書店業のビジネスモデルや商慣習、その歴史が、どれだけ
古書業界と隔たっているのか、その違いが改めて垣間見える部分にあるのではないかと思う。

書名:『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』
著者:飯田一史
発行元:平凡社
判型/ページ数:新書/352頁
価格:1,320円(税込)
ISBN:9784582860795
Cコード:0200
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