『さまよえる古本屋』について須賀章雅 |
二年半前、奇特な編集者さんが現れて、『貧乏暇あり 札幌古本屋日記』という本を出してくれました。「印税生活はどう?」などと訊く同業者もおりましたが、むろんその後、我が境遇もフトコロ具合にも変わりなし。 まったく運命の好転も見られず、悲嘆に明け暮れ、相変わらず素饂飩ばかり食していたところに、また別な編集者さんが現れ、その橋渡しによりこの度、昔気質の(と勝手に私が想像する)大阪の出版社さんから二冊目となる本、『さまよえる古本屋』が刊行されました。 前著が2005年から2011年に亘る七年間のブログ日記を圧縮した本であったのに対し(回想と妄想で筆はさらに遠い過去へも及びましたが)、今回は主にこの十年ほどの間に、今はなき『彷書月刊』や地元札幌の新聞、タウン誌等に発表した文章を集めたモノになりました。 たとえば日記形式の文章が四つ入っておりますが、それぞれ成り立ちや性格が異なっております。古本業界入りした二十五歳の年のプライベートな日記抜粋(1982)、店仕舞いのドキュメントエッセイ(1996)、新聞連載したコラムエッセイ(2011)、さらに小説(2009)を意図して書かれた作品という風に様々。 このように、日記、エッセイ、小説に加えて、漫画原作と漫画まで収録という、バラエティブックというか、とにかく具沢山な寄せ鍋風の中身となっております。ただし漫画含めて、大半が古本や古本屋に関するモノ。 はるか昔、室蘭の高校生だった頃から、昭和の終盤に店を開き、馬齢を重ね、平成の今日まで生き延びてきた或る古本屋が見聞きした事柄や、すれ違った本、出会った人たち、そしてとりわけ凡夫自身の姿が飛び飛びに描かれております。前著『貧乏暇あり』は2000年代の七年間を記録した本でしたが、出来上がってみると新著は、80年代から現在まで(あくまで片隅の最底辺にいる一古本屋が過ごした)三十年間の古本業界が垣間見える書にもなっているのではないか、と考えております。 なお正式には、『さまよえる古本屋もしくは古本屋症候群』というシツコイ表題です。今年二月のある日突然、送稿以来一度も話をしないで来た版元社長さんから電話がありました。惰眠を切断されて聞いたのは、カバー装幀の相談と、『さまよえる古本屋――古本屋症候群』と副題を付けたいとのご提案。副題の方も私がタイトル候補としていくつか元原稿に示しておいたモノ。「じゃあ、棒はやめて〈もしくは〉にしてもらえませんか?」と応じましたが、「そんなん、なおさら訳のわからん題名になってしまいまんがな」とあえなくボツに。最終校正原稿を返送する際、中井英夫に『黒鳥の旅もしくは幻想庭園』という本がある旨書き添えましたが、私案は諦めておりました。その後特に連絡はなしでしたが、四月に届いた本の題名は私の希望どおりになっており、二十歳頃の夢想の中で形に成った、実に数少ない事柄のひとつとなったのでした。
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