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『早く逝きし俳人たち 「祈り」としての俳句』
『戦争俳句と俳人たち』『自由律俳句と詩人の俳句』三部作の執筆を終えて

『早く逝きし俳人たち 「祈り」としての俳句』
『戦争俳句と俳人たち』『自由律俳句と詩人の俳句』三部作の執筆を終えて

樽見博
8月20日に『早く逝きし俳人たち 「祈り」としての俳句』が完成し、版元の文学通信から届いた。これで2014年刊行の『戦争俳句と俳人たち』(トランスビュー)、2021年の『自由律俳句と詩人の俳句』(文学通信)と合わせ、ずっと頭の中で考えてきた三部作が完成した。いずれの本も、私が資料収集に有利な古書業界に身を置くことによって書くことが出来たものであり、誰かに頼まれた訳ではないが、責任を果たすつもりで、参加する俳句同人誌『鬣』に連載し、それに加筆する形で本にしてきたものである。御存知の方もあるかと思うが、私が編集をして来た『日本古書通信』が本年12月(通巻1157号)で終刊することになった。「責任を果たす」という意味で、古書業界から離れる前に何とかゴール出来て良かったと思っている。

『早く逝きし俳人たち』は、大正末から終戦直後と言ういわば動乱の時代に若くして亡くなり、全く忘れられた俳人、名前だけは知っているがその作品は読んだことがない、あるいは触れることが困難な早世俳人12名、中西其十、田中青牛、大橋裸木、河本緑石、松本青志、和田久太郎、藤田源五郎、高橋鏡太郎、本島高弓、堀徹、鎌倉鶴丘、柏原鷹一郎の作品を、初出誌から拾い出し、その生涯を紹介したものである。第二部には連載がほぼ終わる頃、神戸大学山口誓子記念館から講演を依頼され、全体を俯瞰した内容を話させて頂いた折りの最初の原稿を収めた。慣れない講演だから、実際には書いた原稿の半分も話せていないので、こういう形で収録できてよかったと思っている。
 
12名の内、7名は結核などの病死、事故死が3名、戦死が1名、獄中自殺(重篤な病気でもあった)1名である。しかし、仲間たちが出征していく中、病の故に国に奉公出来ないと苦しむなど、殆どが戦争の影響下にあったと言える。中で最も無名な俳人は松本青志だが、彼は無事南方戦線から生還するが自宅は焼失し、愛する父親も亡くなっており、新たな生活を求め、戦後盛況を極めていた九州の炭鉱に活路を見出そうとしたが、炭鉱の落盤事故により27歳で亡くなってしまう。これもやはり戦争の影響という他ない。
 

最初の『戦争俳句と俳人たち』を書き始めた時、私は日本近代俳句史に精通していたわけでは全くなかった。現代の俳人の中でも特に魅かれていた加藤楸邨の戦前刊行の俳句入門書『俳句表現の道』(昭和13年・交蘭社)が、戦中も終戦後も何度も版を変えて刊行されていることに気づき、戦中に書かれた入門書が戦後もそのまま通用するのだと思ったことがそもそもの始まりであった。

 
私は以前から戦争という状況の中での表現者たちの動向に興味があった。その関係の研究は沢山あるが、俳句の世界は手薄であったので、戦前戦後の著名俳人たちが戦争と俳句をどう捉えていたのか調べるため、目につく限りの入門書を集め始めたのである。暫くして改造社が昭和9年に創刊した『俳句研究』が、それまで結社ごとにバラバラだった俳句界に商業ジャーナリズムを持ち込み、結社の枠を越えた土俵を作り、折からの新興俳句を盛り上げ、人間探求派、戦火想望俳句(並列に書くのはおかしいが)など、エポックメーキングとなるブームで俳句界をけん引していったことが分かって来た。丁度その頃から、新宿落合の老舗古書店文学堂が店主の加齢もあって膨大な在庫を放出し始めたのである。その中に『俳句研究』も、『ホトトギス』『雲母』『石楠』『天の川』『馬酔木』『鹿火屋』『寒雷』『鶏頭陣』『鶴』などの主要な俳句雑誌が、それぞれ数年単位の塊で入っていたのである。もう十数年前のことである。
 
当時の古書業界では俳句雑誌は量ばかり多くて売れないゴミに近い存在であった。だから競争相手もなく非常に安く落札することが出来たのである。最近は俳句を専門にする若い古書業者も出て来て、とても落札など不可能である。加えて、以前から懇意にして頂いていた中世和歌研究の井上宗雄先生の蔵書が古書市場に出品された。これは神田の古書会館でなく、五反田の南部古書会館に出たのだが、ある美術家の旧蔵書を核とした大市だったので、初めて南部の市に出向いた。そこで終戦直後の様々な俳句雑誌が数束まとめて、会場の隅の方に出品されていた。面白そうな口だと入札し無事落札出来た。あとから届いた雑誌を調べて井上先生の蔵書と分かったのである。先生は『早大俳句』のメンバーであり、高柳重信とは家が近いので交流もあり、楸邨率いる『寒雷』にも関係があった。そこには先生も投句していた戦後の『俳句人』などが含まれていた。これは井上先生の霊が私に与えてくれたのではないかと思わずにはいられない程偶然中の偶然だった。南部古書会館の即売会には行くが、業者市に行ったのは初めて(その後もない)だったのである。
 
これらの資料を手許に置いて、三部作最初の『戦争俳句と俳人たち』を完成させた。おりから終戦70年という事もあり、驚くほどの反響を頂いた。この本を執筆後、自由律俳句の側からも戦争と俳句の関係を見ることが出来るなと書いたのが次の『自由律俳句と詩人の俳句』である。調べ始めると新興俳句関係の俳句雑誌は古書市場にも各文学館などにも多く所蔵されているが、『層雲』『海紅』などの自由律俳句資料は極端なくらい遺されていないことが分かった。荻原井泉水が主宰した『層雲』は不二出版が複製を刊行しているが(所蔵館は少ない)、他の雑誌や自由律俳人の句集は少ない。中塚一碧楼主宰の『海紅』は初期のもの中心に文学堂出品に入っていた。河東碧梧桐の流れを汲み、三重県で原鈴華が中心になって創刊した『碧雲』の10年分ほども文学堂書店放出俳句雑誌に含まれていた。全く未知の雑誌だったが、『自由律俳句と詩人の俳句』執筆中に重要な意味を持つ俳句雑誌と判明した。『碧雲』ばかりでなく、入手した後にその価値に気付く文献は極めて多かった。その意味でも、文学堂放出文献との出会いは「僥倖」というしかない。
 
そうした幸運により入手出来た資料があっても、やはり文学館収蔵資料に頼らなければならなかった。中でも楠本憲吉や荻原井泉水旧蔵書を所蔵する神奈川近代文学館には多大の恩恵を受けた。また今回の『早く逝きし俳人たち』では北上市の日本現代詩歌文学館の資料に大いに助けられたのに加えて、国会図書館デジタルコレクションの利便性が格段に拡充されどんなに助けられたか分からない。殊に今回のように雑誌掲載作品を追うには、「全文検索」の威力を実感することになった。
 
しかし、一方でPCの画像やコピーで見る資料は、いわばデータであり原本とは違う。デジタル画像やコピーからは著者や編集者の思いは伝わらないという隔靴掻痒の感も強く感じたのである。具体的に例をあげよう。
 
河本緑石(義行)は井泉水が将来を嘱望した『層雲』の俳人だが、宮澤賢治の友人で、盛岡高等農林時代の同人誌『アザリア』の中心メンバー4人の内の1人である。鳥取県倉吉市の出身だが、同校卒業後、賢治から『春と修羅』を送られ、自分も詩集を出そうと決め、縁あって1年ほど長野県の伊北農商学校に赴任していた折りに作った作品を集め『詩集 夢の破片』を大正14年に自費出版(層雲社刊行)する。緑石は鳥取県立農学校の教師を務めながら、美術教師中井金三を中心に砂丘社という文化サークルを作り活動を展開していた。洋画家前田寛治もそのメンバーの1人であった。緑石は俳句を続け、同郷の俳人尾崎放哉の評伝を執筆する一方で油絵も描いていた。その作品が『夢の破片』の口絵として4点カラーで収められている。「懺悔の図」「悩みの心図」「病気の図」「蛇の図」である。いわゆるフォービズムの作品で迫力がある。この詩集は国会図書館デジタルコレクションで閲覧も出来るしコピー制限もない。しかし、かつてマイクロフィルムに収められたものを利用したもののようで、写真を掲載するがご覧のように真っ黒い画面になってしまっている。
 

〇「夢の破片」
 
本来はカラーで、ここには「病気の図」と「蛇の図」を掲載する。
 

〇「病気の図」
 

〇「蛇の図」
 
これは緑石が求めていたものの一側面を雄弁に語るものであろう。かくまで原本とコピーには歴然とした差があるのである。実はこの『夢の破片』原本は今回の本刊行後に、種田山頭火研究を精力的に進める古川富章氏が、樽見さんが所持するのがふさわしいと贈ってくれた本である。
しかし、すべて原本を手許に置かなければ駄目だというわけではないが、古書で探し、文学館や図書館に出向き原本を手に取る努力は怠ってはいけないと思う。国会図書館デジタルコレクションの威力は凄まじいが、未だ拡充途中で、俳句資料でも意外なものが収録されている一方で、核となるような重要な俳句雑誌が対象から漏れていたりするのである。ここで得られる資料だけに頼るのは避けなくてはいけない。
 
これまで46年間古書業界に身を置いてきたが、毎日のように未知の本や資料に出会う。私よりずっと経験豊富な古書業者も同じことを言う。さほどに古書の海は広く深い。そこにいられた幸福への感謝と責任として、些細な成果ではあるが三部作を残せたのは良かったと心から思っている。

 

樽見博
昭和29年生まれ。平成20年から「日本古書通信」編集長。先頃「早く逝きし俳人たち」(文学通信)を刊行、「戦争俳句と俳人たち」(トランスビュー)「自由律俳句と詩人の俳句」(文学通信)とあわせて三部作を完成。

 

書名:『早く逝きし俳人たち 「祈り」としての俳句』
著者:樽見博
発行元:文学通信
判型/ページ数:四六判/304頁
価格:2,970円(税込)
ISBN:978-4-86766-095-9
Cコード:0095

好評発売中!
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文学通信のウェブサイトから以下の動画をご視聴いただけます。
本編とあわせてお楽しみください。
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1.刊行記念インタビュー
「不条理な時代を生きた早逝俳人たちの足跡をいかに追うか」

2.〔第35回山口誓子学術振興基金公開講演会〕
演題:「早く逝きし俳人たち―人は何故詠おうとするのか」
本書の第2章のもとになった講演です。

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