「岡崎武志×古本屋ツアー・イン・ジャパン 古本屋写真集」古本屋ツーリスト 小山力也 |
写真は1827年にフランスのニエプスにより発明され、そこから急速な技術の進化を経て、今日に至っている。その進化の素晴らしい副産物とも言える、撮影した写真をテーマなどに基づき一冊の本にまとめた写真集は、早くも1841年に出されている。写真集も、自然の情景や街の風景に始まり、芸術・報道・人間・動植物・昆虫・天文・建築物・スポーツ・ヌード・アイドルなど、多岐に広がり進化して、人間の貪欲な好奇心を満たして来た。そして2016年、その細分化した好奇心は異常に極まり、一冊のニッチな写真集を生み出すこととなった。 『古本屋写真集』。文字通り、古本屋を写した写真のみを掲載した、究極にマニアックな写真集である。始まりは去年、岡崎武志氏と共に編集し「盛林堂書房」より出版された「野呂邦暢古本屋写真集」である。夭折の芥川賞作家・野呂邦暢が、熱意を持って密かに撮りためていた古本屋の写真を一冊にまとめたものである。これが予想以上の評判を呼び、またその誌面は古本屋オンリーで、うっとりするほどの小宇宙を出現させてしまっていた。これは素晴らしい これを見ながらつまみにしていくらでも酒が飲める! 本になった古本屋写真群を改めて見て、岡崎氏とニンマリ顔を見合わせる。新世界の扉が開かれた予感…だが、野呂氏の写真は残念ながら数少なく、新発見されない限り、これきりで終りである。せっかく見つけた新世界を、おいそれと手放したくはない。どうにかして続きを作りたい。ならばそれは、常に古本屋を求めてさまよっている、我々の撮りためた写真を使えば、実現するのではないだろうか? 勝手にそんな手応えを二人で感じ取り、この新たな古本屋好きによる古本屋好きのための『古本屋写真集』の制作がスタートしたのである。 二人の書庫やパソコン内に埋もれた写真を救出厳選し、有名店から無名店まで全119軒を掲載。元々写真集を作るために撮られた写真ではなく、しかも野呂の時と同様、すべて素人の撮ったものである。しかし全118ページにまとめあげると、それらは立派にいけしゃあしゃあと写真集の体裁を成してくれた。写真の腕に関係なく、各店舗の異様な魅力と力強さがページから立ち上がり、その奇跡を可能にしたのである。ひとつとして同じ表情はなく、古本という名の小宇宙を内包した、カオスの箱庭的大宇宙として、すべてのお店は堂々屹立している。そして、岡崎氏の私小説的古本屋写真と、私のフィールドワーク的古本屋写真が、がっぷり四つに組み、B6版の紙の中で火花を散らしている(ちなみにお互いのベスト1をあえて挙げるならば、岡崎氏は「天牛書店」創業者・天牛新一郎氏とのツーショット写真。私は横須賀の路地裏の闇市的古本屋「堀川書店」の一枚である)。懐かしい景色・失われた景色・見逃した光景・掠れ行く昭和・取り残された切なさ・現代をしぶとく生き抜く昭和が、期せずして全ページに横溢している。 この本を見かけたら、ページを開き、かつて自分も見たことがある光景を探し出して欲しい。入れなかったお店や、見たこともないお店を、悔しがりながら楽しみ味わって欲しい。こんな愉快な光景がかつて存在し、また今も街の片隅で存続していることを、喜んで欲しい。出来れば家に持ち帰っていただき、夜にしんみりお酒を飲みながら、ページをゆっくり繰って、精神的肴にして欲しい。 そんな風に写真集としても充分楽しめるのだが、二人の著書『古本さんぽ』&『古本屋ツアー』シリーズの副読本としてもお薦めの一冊である。すべての古本屋さんと、古本屋好きと古本好きに、この本を捧げます。
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