エトランジェとして捉えた西の古本屋古本屋ツーリスト 小山力也 |
関西の古本屋さんをレポートした本を、いつの間にか制作することになっていた。去年の秋に出した「古本屋ツアー・イン・首都圏沿線」を作っている途中から、色々な人に「じゃあ次は関西編ですね」などと勝手気ままに言われていたのが、なし崩しに現実のものとなってしまったのである。瞬間、また古本屋さんの本を出せるなんて!と大いに喜ぶが、ある恐るべきことに気付いてしまい、たちまち私の貧弱な肝は、氷のように冷えてしまった...。 今までに出した本は、すべて書き溜めたブログ記事を基にして構成していた。だが今回新たに関西のお店をまとめるとなると、一年前の時点で五十店ほどしか調査しておらず、すでに旧著に掲載されたものも多い...ということは、ちゃんとした一冊にするためには、新たに調査し記事を書き起こさなければならないのだ...ということは、すべてが書き下ろしになるということか! そう気付いた時はすでに遅く、出版への無情なカウントダウンが、カチリカチリと始まっていた...。 本来は一時的にでも関西に居を定め、こちらで行っていたような活動(毎日未知の古本屋を訪ね歩きブログに記事をアップすること)を地道に行い、じっくりと時間をかけて熟成すべき案件である。しかし様々な大人の事情により、出版が決まると同時に、その発売日もすでに決定されていたのである。制作期間はおよそ十ヶ月...迷っている暇などなく、もうさっさと作り始めるしかない...最終的には、でっち上げてでも作り上げるしかない! それに、どうせ私に出来ることは、たったひとつなのだ。見知らぬ土地であるが、いつものように愚直に古本屋さんを訪ね歩き、レポートしていけば、それで良いのだ。そう覚悟を決めつつ、わりと取材計画を綿密に立ててから、京都・大阪・神戸・阪神間・奈良・滋賀を、経費節約のためにひたすら夜行バスで往復する日々が始まったのである。 結果、六ヶ月の間に七回ほどの三日~一週間の滞在を繰り返し、二百店余のお店を調査することになった(閉店していたり入れなかったお店も含めると、訪ねたお店は恐らく二百五十店は越えているはずである...)。一日に十店前後を訪ね回り、その日のうちに原稿を書き上げてしまう方法で(後で書くことにすると、サボりそうで、溜まりそうで、取り返しのつかないことになりそうで、恐ろしかったのだ...)、勝手に古本屋のために生き古本屋調査のために尽くす、滅私の日々をひたすら送った。だがそれは、辛いながらも非常に楽しい時間だったのである。 遠い東から、夜を越えてやって来た、エトランジェとして初めて見る街が、電車が、お店が、古本が、何と魅力的な姿で、目の前に大量に立ち現れて来ることか。京都の迷宮のような細路地に、大阪の猥雑なデストピアの如き高架下に、神戸のハイカラな港町に、滋賀の広大な琵琶湖の畔に、奈良の歴史が静かに降り積もる街に、土地に根付いた個性的なお店たちが、私の来るのを、待っていてくれたのである。お店に飛び込む度に、それが良いお店でも不思議なお店でも眠ったようなお店でも、古本回路に電流火花が走る快感を味わったのである。 特に衝撃を受けたお店をちょっとだけ挙げてみると、京都のアプローチの路地も含めたロケーションが素晴らしい「マヤルカ古書店」、大阪は新今宮の超薄型店舗「パーク書店」、神戸は山の中腹の平野商店街にあるド硬派店舗「やまだ書店」、奈良ではアイドル顔写真のコピーで壁面を埋め尽くした「やすらぎ書店」、滋賀はマニアック小宇宙の極みな「古書クロックワークス」などが、頭の中をキラキラと流星のように流れて行く...。 こうしてどうにか出来上がった、古本屋ツアーシリーズ最新刊には、斯様な経験や思いが、余すところなく詰め込まれている。そこに載っているのは、ひとりのエトランジェが独自視点で切り取った、豊穣な関西古本屋文化の一端であるが、地元である西の人には当然読んでいただきたいし、遠く西を臨む東の人にも、いやさらに北の人にも南の人にも読んでいただきたい。とどの詰まりは、日本全国のみんなに読んでいただきたいと、切に切に願っている。
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