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『中央線古本屋合算地図』

『中央線古本屋合算地図』

岡崎武志


 ミステリアス文庫を始め、出版も手がける東京・西荻窪の古書店「盛林堂書房」と組んで、古本屋ツアー・イン・ジャパンこと小山力也さんと共著による古本屋「本」シリーズを出してきた。『野呂邦暢古本屋写真集』『古本屋写真集』に続く、これが三冊目。

 今回は、中央線沿線に出店してきた古本屋を消滅したものも含め、半世紀分を各駅エリアごと、一枚の地図に「合算」しようという試みである。たとえば高円寺駅周辺に、現在は十数軒の古本屋が現存するが、この射程を五十年ほど遡ってマーキングして行けば、四十軒を超えるのである。そのなかには、直木賞作家・出久根達郎さんが店主だった「芳雅堂書店」もあった。
 古本屋に限らず、家や店が無くなると、そのあと別の建物ができると、ほとんど痕跡はなくなる。空地になった時、「あれ、ここ以前は何があったっけ?」と戸惑うことは多い。古本屋も屋号を覚えている一般客は少なく、「駅前にあった小さな古本屋」といった、漠然とした印象で記憶にかろうじて止めている。それが普通のことなのである。

 新宿から八王子まで、ほぼ各駅を拾って、一枚の地図に、かつて点在した古本屋を再現したいという素朴な思いつきから、この本の制作が始まった。祖父の代から西荻に店を構える盛林堂書房、いま(というより過去も含めて)もっとも日本全国の古本屋を制覇し続けている驚異の探訪者・小山力也さんと、白紙の状態から、ああでもないこうでもないとアイデアを出し合い、110ページ強、折り込み添付の昭和三十年「中央沿線古書店案内図」つきの本がとうとう出来上がった。オレンジの表紙は、もちろん中央線車両のイメージを模している。本文レイアウトデザインともに、そちらが本職の小山力也さんの手による。

 「あとがき」に小山さんも書くが、じつは最初は、「合算地図」に、編著者の二人がエッセイを寄せるぐらいの、楽な作り方を考えていた。しかし、顔をつきあわせるうち、妄想がふくらみ、この際だから、中央線沿線で現役の重鎮に話を聞きたい。重鎮があれば、若手もと、話が膨らんで来た。私を司会とし、竹中書店と岩森書店が「重鎮」版、水中書店と古書サンカクヤマが「若手」版と二つの座談会を敢行し、収めることができた。同時並行して、中央線古本屋アンケート、八王子「佐藤書房」さんの一人語り、阿佐ヶ谷「千章堂書店」さんの貴重な古い写真、中央線の古本屋を巡って来た強者客たちによる回想、小山さん撮影の今は消えた古本屋の写真など、初期の目論みより十倍ぐらいの内容に増殖していった。
 小山「あとがき」は、「岡崎氏の止めどもなく溢れる古本屋愛が、気まぐれに炸裂し過ぎ(締め切りがなければ、本当にずっと作業し続ける勢いで(中略))原稿が増えて行った事態を、あきれ顔で伝えている。

まさにその通り。いろいろな人を出先で捉まえ、すかさず中央線古本屋の思い出を聞き出し、メモし、ほとんどその日のうちに原稿に仕立てた。「重鎮」「若手」の座談会も、胸躍る心地を止められなかったことが、聞き手の分際を越える発言量(やや聞き手が喋り過ぎ)でわかる。古本屋さんの話を聞くのが本当に楽しかったのである。

 立ち話に近い取材で、ちょうど上京中だった画家・装幀家の林哲夫さんには、美大を出て、阿佐ヶ谷のアパートの管理人をしていた時代の話を聞いた。「うつぎ書店」は、店内に猛烈な匂いがたちこめ、「栗田書店」は、いつもAMラジオでNHK第二放送の「ロシア語」「ドイツ語」講座などが流れていた、という話が面白かった。たとえ写真や、そこで買った本は残っても、「匂い」や「音」は残せない。客として通った人の記憶の中にしかない古本屋がある、ということを教えられたのだ。

 一九七六年開業という八王子「佐藤書房」店主・佐藤邦彦さんは、おしゃべり好きで愉快な方だが、今回、ほとんど初めて、その成り立ちから波瀾万丈の店経営の話を聞き、興奮し、また感動した。出入りの植木職人としてお屋敷で仕事をしていた佐藤さんの父親が、「植木屋さん、お茶でも」と呼ばれ、ちょうど買取りに来ていた吉祥寺「藤井書店」藤井正さんと出くわし、それがきっかけで、佐藤さんが古本屋に足を踏みこむ件りは、佐藤さんの軽快な語りもあり、まるで落語を聞いているみたいだった。

 古本屋さんの回想は、支部報などで、ひょっとしたら読めるかも知れないが、部外秘で我々の目には届かない。このチャンスを逃すまいと、やや暴走気味に話をうかがい、せっせと文字にしていった。それを苦笑まじりに受け止めて、みごとなデザインワークで美しい仕上がりの版面にしてくれた小山さんに感謝したい。
 また、版元の盛林堂書房・小野純一さんには、同業者に囲まれながら古本屋の本を作ることは、われわれ部外者が想像できぬプレッシャーがあったと思われる。これもニコニコと難事を「だいじょうぶですよ」と切り抜けて、遅滞なくかたちにしてくれた。こちらもありがたい。

 発売以来、すでに、「あの店が載っていない」等の指摘があるようだが、まあ、お許しいただきたい。これを叩き台に、「いや、こんな店もあったよ」と記憶を呼び覚まし、補填し、より強固な『中央線古本屋合算地図』ができれば、それに越したことはない。盛林堂、小山、岡崎は、この勢いを背に、続く「古本屋」本を画策中である。刮目してお待ちいただきたい。



chuousenfuru
『中央線古本屋合算地図』
編著:岡崎武志×古本屋ツアー・イン・ジャパン
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