「埴原一亟 古本小説集」のこと古書善行堂 山本善行 |
例えば、漱石の『門』や『明暗』、鴎外なら『青年』や『雁』、志賀直哉なら『暗夜行路』など、古典とも言うべき名作を読み返す愉しみは、かけがえのないものであるが、ときには評価の定まっていない誰も知らない忘れ去られた作家の作品を、こっそりひとり愉しむのもまた読書の醍醐味ではないだろうか。 そのようにして、加能作次郎や中戸川吉二を読み、嘉村礒多や宮地嘉六を読んだ。そして三年ぐらい前に埴原一亟に出会った。最初に読んだのは、文芸復興社の『埴原一亟創作集』で、これが良かった。他の作品集が最初だったらこれほどまで埴原にのめり込まなかったかも知れない。 さてそうなると、他の作品も読みたい。古本の検索ができる「日本の古本屋」でも探すが、なかなか揃わなかった。でも地道に一冊ずつ集めて、自分が新発見したような気持ちになって読み続けた。すると、本にできたら楽しいだろうと思うようになった。 私はこれまでに、撰者として黒島伝治の『瀬戸内海のスケッチ』、上林暁の『星を撒いた街』と『故郷の本箱』を出してきたが、埴原一亟もこのあとに続けたいと思うようになった。でもまず、名前が読めないではないか。一亟を(いちじょう)と読むことから説明しないといけないのだから、今のような出版状況では最も出しにくいものだろう。 夏葉社の島田潤一郎くんに、会うたびに、埴原良いよ、埴原凄いよ、埴原読んでよ、と言い続けていると、一年ほど前に「出しましょうか」と、ちょっと不安な感じではあったが、ゴーサインが出た。 古本小説を中心にする、抒情的な短篇も入れたい、他の作品も読みたくなるようなものも選びたい、だんだんと内容も決まってくる。そして解説も書き上げ、カバーのデザインも決まり、校正者の手にも渡り、一冊の本が出来上がった。
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