戦前の同人誌出版の歴史は?:同人雑誌出版マニュアルから判ること小林昌樹 |
『文藝同人雑誌出版マニュアル―戦前版』(金沢文圃閣、2017.11)という復刻に関わった。これは珍しい次の2点の同人誌出版マニュアルの合冊復刻であり、解説「同人雑誌の作り方本から何が判るか?」を付けておいたので詳しくはそちらを見られたい。 ・中野扇歌『同人雑誌の経営策』東京市深川区:民衆出版社,1923.1 76p ・杉田泰一『趣味の小文芸誌経営法』茨城県島名村:研農社,1936.12 120p 今回の復刻で重要なのは古い中野著ではなく、新しめ――といっても昭和11年だが――の杉田著のほうで、これはおそらくどこにも残っていないガリ版刷りの小冊子。2年前「日本の古本屋」を検索していて、たまたま発見したものだ。検索キーワードは「趣味+経営」だったか。タイトルに「雑誌」という語がないのにヒットしたのはそのせいである。ジャンル違いのキーワードを掛け合わせて検索すると意外な古本が買える、という事例だろう。花木堂(カボクドウ)書店(愛知県蒲郡市)さんから2000円だった。ガリ版刷りのエフェメラ(一過性資料)に近いものなのに、保存状態は極めて良く、出版地は茨城県島名村(現在のつくば市)なので、昭和11年段階ではるばる愛知県まで郵送されたものだろう。地方同人誌界は毎号の交換を通じて明治半ばから全国ネットワークが成立していたことが小木曽旭晃『地方文芸史』(1911)から判る。そのルートに乗ったのだろう。 こんな名も知れぬ地方超弱小出版社のガリ版刷りを、どうして復刻したのかと言えば、この出版マニュアルによって出版法や新聞紙法、著作権法の受容実態がわかることに気づいたからである。いわく、雑誌の立上げ時に記事が不足していたら、他誌から転載しても非営利でちょっとなら大丈夫とか(当時でも違反)、特にこれは当書中の白眉だが巻末「出版応答」で、ガリ版は納本しないでいいですよね、といった質問者、回答者の間違いや法令解釈のミスなども含め、戦前期の出版法制が地方の出版現場でどう受け取られていたかを明示的に語る資料は類例がない。 とはいえ、主題は文芸同人誌の出し方なので、解説で戦前における同人誌の歴史についても本当に荒くスケッチしておいた。奇しくも大著、ばるぼら;野中モモ編著『日本のZINEについて知ってることすべて』(誠文堂新光社,2017.11)が公刊されるなど、同人誌の歴史についての関心が高まっている(他にも吉本たいまつ『同人誌印刷の「あけぼの」』みるく☆きゃらめる,2016.8は重要)。戦前の同人誌史については通史や概説がない状態であるので、今回の復刻や解説を手がかりにどなたか果敢に挑戦してもらいたいところでだ。「同人雑誌」という複合語が、大正8年以降の新語らしいということも今回調べて初めて分かったし、「自費出版」概念の整理も解説でしておいた。 ひとつ解説に書き忘れたことがある。この杉田著は本文をよく読むと書式集などが付録として付いていたらしい。いつかどこかで拾えるだろうか……。
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