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死海文書と終末論

死海文書と終末論

月本昭男

 死海文書の最初の発見は1947年、その2年前には、ナグ・ハマディ文書と呼ばれるグノーシス主義文書がエジプトで出土しています。20世紀最大の発見と称されることになる二つの文書は、相前後して日の目を見たことになります。死海文書は、キリスト教が成立する前後の時代に書かれて、死海沿岸の洞穴に秘匿され、ナグ・ハマディ文書はキリスト教が地中海周辺地域にひろがってゆく時期に書かれ、4世紀前半に埋められました。これら二つの文書に共通する点はないのですが、いずれもまったく偶然の成り行きで出土しただけでなく、ユダヤ教およびキリスト教の初期の歴史の隠れた部分を明るみに出すという意味で、じつに貴重な発見となりました。

 死海文書の秘匿は、紀元70年のエルサレム神殿崩壊に象徴される、ローマ帝国によるユダヤ蹂躙と略奪という、この民族が遭遇した破局的な事態がきっかけとなっていました。たまたま、出土した時代も、20世紀の破滅的世界戦争が終結して間もない時機でした。埋蔵と出土、この二つの時機に共通するのは、切迫した終末意識だといえるかもしれません。
 死海文書を残したのは、ユダヤ教の一派、エッセネ派とみなされますが、出土した地名をとって、彼らは「クムラン教団」と呼ばれます。イエスに洗礼を施した洗礼者ヨハネが、この派に属していたともいわれます。らくだの毛衣を身にまとい、いなごと野蜜を食べていたというヨハネ、荒野で「悔い改めよ。天の国は近づいた」と叫ぶ、あのヨハネです。いまや近づきつつある「天の国」という切迫した終末観は、イエスにも共有されていました。

 死海文書には、旧約聖書の解釈と再話、教団を維持・運営していくための規則、祭儀の決まりと唱え言、詩篇、黙示文書、知恵文書、果ては天文・暦文書から魔術文書まで、およそ共同で生存をはかるためのテキストが尽くされています。神観念から日常を生きるための約束まで、さらにはそれらに構造を与えている宇宙像、時間・空間意識など、この全体を染め上げているのは、やはり広く共有されていたと思われる、きわめて切迫した終末意識でした。

 新しい契約共同体として自己を理解したクムラン教団の思想的特色は、その終末論にあるといってよいでしょう。そして、彼らの終末論は二元論によって枠づけられていました。彼らは、初期キリスト教徒と同じく、自分たちを「光の子ら」と呼び、彼らに敵対する「闇の子ら」と区別します。前者は「真実の霊」によって歩む「義の子ら」、後者は「欺瞞の霊」に迷わされた「欺瞞の子ら」と言い換えられ、両者の間の戦いは、最終的に、「光の子ら」に勝利と救いをもたらし、「闇の子ら」は、彼らの背後に控える悪の権化ベリアルとその使いたちとともに、永遠に滅ぼされるとされたのです。
もっとも、「真実の霊」も「欺瞞の霊」も、人間がいずれにしたがって歩むかを明らかにするために造られた、神の被造物でした。その意味で、彼らの二元論はあくまでも、旧約聖書を引き継ぐ絶対神のもとにあり、世界を善神と悪神の抗争の場と捉えるゾロアスター教の二元論とは趣きを異にしています。

 そういえば、宮崎駿の劇画版『風の谷のナウシカ』、そして庵野秀明監督のアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』も、終末の出来事と、そこからの脱出への希望がテーマとなった作品でした。『エヴァ』の方には、物語の狂言回しとして「死海文書の預言」が登場します。実際にそれが存在するかどうかは別として、終末観をつながりの糸として働いた作家的直観のなせる業といってよいのではないでしょうか。そして、これらの作品は、現代の若者の心を摑み、広く深く影響を与えました。

 ついでにもう一つ、作家村上春樹の小説『1Q84』のタイトルは、死海文書の存在を前提として発想されたのではないか、と思われるのです。11の同穴から出土したクムラン(死海)文書には、校訂・復元の段階で整理番号が付されましたが、「1Q84」とは、クムランの第1洞窟から発見された第84番目の文書を意味するからです。ジョージ・オーウェルの『1984年』が発想の下敷きになっていることは間違いないでしょうが、そこにQを挿入したアイデアの飛躍に、死海文書の存在が一突きを加えたと思われるのです。

1990年代はじめ、第4洞穴で発見された死海文書が公刊されないのは、キリスト教成立にかかわる「不都合な真実」をカトリック教会が隠そうとしているからではないか、といった憶測が世界中に流れました。しかし、すべての死海文書が公刊された現在、そうした憶測は根拠を失いました。死海文書の中にイエスの宣教活動を示唆する文言は存在せず、初代キリスト教会がクムラン教団と直接的な接触をもった形跡もなかったからです。にもかかわらず、いまなお、クムラン教団とキリスト教の比較研究に関心が寄せられるのは何を意味するのでしょうか。
紀元68年、ローマ軍の攻撃の前にクムラン教団の施設が壊滅します。他方、紀元20年代末に成立したキリスト教の指導的立場にあったエルサレム教会は、ローマ軍による攻撃の直前、エルサレムからヨルダン河東岸のペラに移動したと伝えられています。それは、これら二つの教団が紀元後1世紀中葉のほぼ40年にわたるユダヤの歴史をともに体験していた事実を物語っているのです。

両者は、「新しい契約」「光の子」「新しいエルサレム」をはじめとする多くの思想を共有していました。当時のユダヤ教主流派に対して、批判的な距離をおいた点でも共通しています。ところが、一方は歴史から姿を消し、他方は世界宗教への道を歩み出したのです。同じユダヤ教に発する二つの宗教運動の、このきわだった対照性は何に起因するのでしょうか。一方に消滅の道をたどらせ、他方に世界宗教への展開を促した要因はどこにあったのでしょうか。死海文書の発掘と研究と復元は、そのような宗教史上の課題を負っているといえます。

死海文書の邦訳には、1963年に山本書店から刊行された1巻本があります。日本聖書学研究所が母胎となった、世界的にみても比較的早期の成果の一つでありました。ただ当然ながらこの時期における復元を踏まえる他はなく、訳されたのは、『宗規要覧』『戦いの書』『感謝の詩篇』など、比較的保存状態のよかった11点の文書にとどまります。このたびの翻訳プロジェクトは、そこから55年を隔て、その後の目覚ましい研究と復元の成果を踏まえての挑戦ということになります。訳出する文書の総数は、断片も含めると200点近くにのぼります。
人類宗教史の一断面に触れる、この鬱然たる文書の森に分け入って、私たちとともに発見と冒険の旅に出てくださることを願っております。



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