増補改訂版『日本アナキズム運動人名事典』同書編集委員 川口秀彦 |
2004年に本事典の元版を刊行した時の立項者数は三千余名。それでもジャンルを絞った人名事典としては少なくないのだろうが、今回の増補改訂版の立項者数は六千余名。これがまず本書の特長である。 とはいえ、日本にアナキストが三千ないし六千人いたということを主張している事典ではない。書名を「アナキスト」ではなく「アナキズム運動」としているからなしえた幅広く多彩な人名の収録、これが本事典の特色である。運動に直接関わった人、アナキズム的な生き方を志向し発信した人、文学者や芸術家などでもアナキズム的な思想や運動に影響を与えた人、影響を受けた人など、アナキズム周辺の人々まで含め、アナキズムとの関わりという視点で捉え、事実に基づく基礎情報を重視して立項しているのである。 たとえば俳句関係では西東三鬼、鈴木六林男、高柳重信、富澤赤黄男、永田耕衣、平畑静塔らがいる。その他では、高橋和巳、谷川雁、花田清輝、埴谷雄高、吉本隆明らだけでなく、赤瀬川原平、大島渚、澁澤龍彦、寺山修司、中西悟堂、前川國男、前田夕暮、マキノ雅弘、水木しげる、若松孝二等々、さらには大前田英五郎や国定忠治も収録立項しているのだ。 もちろん収録人名の多くは日本でのアナキズム的な労働運動や社会運動に関わった人のものだが、朝鮮、台湾、中国などの活動家へも目配り収録し、運動と思想に影響を持った欧米系の人名もあるという、日本限定でないところも本書の特色として強調できる。 増補改訂版のみの特色として、1920年設立の社会主義者同盟の加盟者名簿を巻末資料として収録したことがあげられる。未公刊だったこの名簿を附録としたのは大きな特色といえる。また元版でも好評だった関連機関誌紙リストを、1941年まで対象だったものを1968年まで収録とし、誌紙名索引を加えたことも増補改訂版の特色である。人名索引については、元版同様立項人名だけでなく本文記載の人名を収録し利用者の便を計っている。 本事典元版の企画が成立し編集委員会が動き出してから元版刊行まで6年かかった。その刊行時に資料が乏しく立項できなかった人物が多数存在するという認識を共有していた編集委員会は、一層の内容の充実を図って10年後に改訂版を出すことを期し、そのための研究・発表の場として年2回刊の雑誌『トスキナア』(皓星社、2004-2014)を発行した。ちょうど10年20号で終刊した同誌は埋もれていた人物や資料発掘の原動力となった。加えて読者カードや元版執筆者へのアンケートなどを参考に増補改訂版の編集に取り組んできた。 「近代日本の歴史の中で自由と平等を求めて闘った有名・無名の活動家の足跡発掘と業績の顕彰にこの増補改訂版が役立つことを願うばかりである。(刊行にあたって・末尾)」というのは、編集委員共通の思いである。さらには”自由と平等を求める”新しい動きの糧としていただければ望外の喜びである。
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