『本を売る技術』について矢部潤子 |
このたび、本の雑誌社から「本を売る技術」という本を出しました。長い間書店の店頭で働いてきたなかで、試行錯誤しながら積み重ねてきた、本屋の基本的な仕事のしかたや考えかた、さらに一冊を買っていただくために、今するべきことの具体的ないろいろをまとめたつもりです。
36年ほどの間に、100坪の駅前書店から1000坪の大型書店まで、さまざまな規模と立地の計7店舗で働きました。スタートは芳林堂書店池袋本店で、多層階の当時は大型書店でした。3年後、開店するパルコブックセンター新所沢店に入り、パルコブックセンター吉祥寺店に異動、93年渋谷パルコにオープンするパルココブックセンター渋谷店に移ります。その後、パルコブックセンター池袋店で半年働き、リブロ池袋本店に異動しました。本店閉店後は、よむよむ花小金井店で9か月にいて、書店員に区切りを付けました。 書店員の基礎を教わったのは、やはり新卒で入社した芳林堂書店です。研修があって、1週間の座学、数週間ずつの各フロア巡回、仮配属先でさらに研修。私は医学・理工書フロアに配属でした。当時、そのフロアに配属になった人がたどる担当ジャンルのコースは決まっていて、新人はいつも講談社ブルーバックスから。ここで納品、単品管理、注文や返品の仕方、そして棚と向き合う姿勢を仕込まれたあと、新刊や買切商品、常備品の扱い等々を学習していくことになります。 売場と商品のコンディションを整えるということ、メンテナンスにきちんと手をかけるということ、これも最初に教わったことだけれど、つい後回しにしがち。が、これが実はお客さまに手に取っていただく、そしてさらに一冊買っていただくための、簡単で有効な手立てだとやはり思います。店内を見廻し、什器や商品に手を入れ続けて、そして売れる棚売れる平台、売れる店に育て上げるということ。この本のなかでも再三、この点を語ったつもりです。 本屋が通常もっている武器は、まずは“場所の力”だということを自覚したのは、渋谷PBCからだったでしょうか。一日の新刊が段ボール一箱のときから、96年の最大売上げを達成したころ、そして徐々に下降していく、その過程のさなかにいることになって、その時々で、いろいろなことを試しました。どこになにをどれくらい置いたら売上げが最大になるのか、そしてその場所がさらに力を持つことになるのかを、その都度即決して繰り返す。失敗したり上手くいったり。1,000冊売った本もあるけれど、それは渋谷PBCの、なかでもあの平台一台の力を成長させた成果だと思います。瞬間最大風速を記録した単発を誇るのではなく、なにをどれくらい置くかということに理由を持たせる継続的な仕事の、その途中経過の果実だったと。つまりは、畑仕事のように、棚を耕し、平台を耕し、商品を置き、手入れし続け、より大きな収穫を得る。 この本が、いま本屋で奮闘している書店員を少しでも元気にすることができたなら、こんなに嬉しいことはありません。そして、明日売場でやるべきことが次々思いついたらなお嬉しいし、良い結果を得ることができたならさらに嬉しい。もちろん書店員でなくても、またネット書店で買うことが多いという人にも、ぜひ読んでいただきたい。本を買うという行為は同じだけれど、便利とは違う尺度の楽しさを感じていただけるはずと信じています。 『本を売る技術』 矢部潤子 著 |
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