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『評伝 竹内好―その思想と生涯―』

『評伝 竹内好―その思想と生涯―』

黒川みどり

 魯迅の研究や翻訳で知られる中国文学者で、戦後の評論活動でも知られる竹内好は、その知名度とは裏腹に、その思想や活動の全体像をとらえた本格的評伝や研究がありませんでした。数多ある竹内論はアジア主義者として描くものが際立って多く、それらの少なからずは、自己の関心に照らして竹内の一部分のみを論じたものであり、そのことがしばしば、右翼だか左翼だかわからないナショナリストといった竹内への評価を生み、竹内の本質をとらえ損なってきたのではないかというのが我々の観測です。

 自らが「絶対的他者」であるという自覚を失うことなく、〝日本人〟として中国をこよなく愛し続けた竹内は、中国で日本の敗戦を迎えました。しかし竹内は、中国に対する侵略戦争が真には終結していないという認識に立ちながら、戦後の日本社会の変革に向き合う道をあゆみました。

 中国との戦争を「弱い者いじめ」ととらえた竹内は、同じ構図を日本国内の問題―沖縄と被差別部落に見いだし、それらの問題にも真摯にとり組んでゆきました。それは、付け足り的にマイノリティに言及するような態度とは異なり、中国との向き合いにはじまる日本社会の変革のための格闘の一連のものとしてありました。古い共同体を温存し同調を強いる日本社会の「弱い者いじめ」と闘うために、「我は我だという主体の論理」を提唱した竹内は、永久革命としての闘いを続けてきたのです。竹内が提唱した「国民文学論」や「明治維新百年祭」も、そのために底辺のナショナリズムを救い上げようとしたものでした。

 従来の竹内像は、彼のそうしたあり方が十分に理解されることなく、竹内の思想を、中国に範をとった西洋型「近代主義」の対極にあるものと見なすことが多かったと思います。しかし、世に問われた竹内の「アジア主義」や「方法としてのアジア」も、実は、西洋が生み出した普遍的な近代を否定するのではなく、それを東洋の側から問い続け、よりよき〝近代〟を実現するための永久革命なのでした。それゆえ、同時代を生きた知識人の丸山眞男が、ハオ好さんは親友だとし、またコスモポリタンである彼とは思想が「地下水で通じている」と述べたように、一見対極にあるかのような両者の一致点は多く、この丸山との交流も、竹内が思想を紡ぎ出していくなかで重要な役割を占めていました。

 本書は、このように壮大な広がりをもつ竹内の思想の全体像を描きだすべく、日本近代史研究者と中国史研究者が共同してそれに挑んだものです。我々はまず竹内の全集を読み込む一方で、その生い立ち・思想形成から筆を起こして、できるかぎり丁寧に竹内の全生涯を描くことに努めました。なかでもこれまで詳しく論じられてこなかった中国での留学や戦場の体験に紙幅を割いて明らかにしたことは、本書の特徴の一つです。また、部落問題研究では忘れ去られてきた感すらある竹内が、部落解放運動に積極的に関わり、身銭を切って集会にも参加してきたことや、中国だけではなく朝鮮をも見つめ「朝鮮語のすすめ」も書いていたことなどを提示しました。

 ひとまず今、我々の最大限の力を出し切って竹内を書き切ったという満足感はあります。書き終わってあらためて、竹内は、日本と近隣アジア諸国との向き合い方のみならず、日本社会の内側への向き合い方が問われている今こそ、広く読まれてしかるべき思想家だとの思いを強くしました。本書がその入り口になることを、願ってやみません。

takeuchi

『評伝 竹内好 その思想と生涯』 黒川みどり 著 山田 智 著
有志舎刊 価格 2,800円+税 好評発売中!
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784908672361

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