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『古本屋の四季』を語る

『古本屋の四季』を語る

古書片岡 片岡喜彦

 多くの読書家、愛書家と同じく、仕事に追われつつの年代・時期は、毎日、新たに出版される本のなかから、興味あるテーマを扱った本、関心を持ち注目している著者や作家、画家や写真家、歌人や詩人の本があるとちゅうちょすることなく、買い求めてきました。

 それらの多くの本はわたしにとっては社会科学書でしたが、世の人間の営みから生じる事件や事故、また政治的主張や行動を掘り下げて、扱ったノンフィクション作品が好きでした。作家名を挙げるとしたら澤地久枝、鎌田慧、本多勝一、高崎隆治、松下竜一、辺見じゅん、森崎和江といった人の作品でした。小説では、大佛次郎、吉村昭でした。若かりし頃は、司馬遼太郎にはまりましたが、読み物としては文句なく楽しいと感じつつ、歴史を動かしているのは、名もなき市民、国民、勤労者ではないかとの思いを深め、読んでいた記憶があります。

 写真家では土門拳、江成常夫、桑原史成、ユージン・スミス、大石芳野と岡村昭彦の初期の作品などです。わたしという人間が生きた時代がわかりますね。
 社会科学の分野では、カール・マルクス著『資本論』の理解や解釈を中心とする研究書などでした。
 こうして、本を読み進むと、本の最後に載る参考文献や本文中に引用されている本も読みたくなります。ですが、それらの多くは、すでに新刊書店では入手が困難な著作が多く、古本屋で探し求めなくてはいけなくなります。

 このことは多くのみなさんがすでに経験済みのことと思われます。新刊書は書店に、そんなに出版年月が古くなくても、新刊書店にない本は古本屋へ足しげく通い求めました。
 新刊書店で対面する店員さんはほとんど一期一会のようになってしまいますが、超零細事業店である古本屋は、いつも同じ親爺や夫人が番台に座り、にこやかな顔で出迎えてくれたり、難しい顔つきで客など知らぬふりだったりする個性豊かな「親爺」さんといわれる店主がいたりします。

 神戸の元町商店街にあった日本文学を専門とされていた親爺さんには、多くの人の語り伝えがあり、少し聞きおよんでいましたが、わたしにはとくに恐ろしいとった印象は受けませんでした。
 どの店か忘れましたが、店で叱られた経験が一度だけあります。函入りで表紙にセロハン紙の巻かれている本でした。本を函に戻そうとするのですが、あと少しで収まるというところまできて、セロハン紙が破けてしまいました。店主に、その旨を伝えると「破る前に言ってほしいな」と怖ろしい顔をされました。わたしはひたすらに謝りました。それ以上のお咎めがなく無罪放免となりましたが、その後、その店には行き辛くなってしまいました。

 さらに古本屋の親爺さん・店主としてでなく、人間的に素敵だなァ~と好意を抱くようになる店主との出会いもありました。その店は小学校の教師を中途退職されたおふたりで営む、文芸書を専門とされる小さな小さなお店でした。それなのに社会科学書やノンフィクション作品を求めている客にも居心地のよい対応でした。わたしは結局、その店で1冊も買うことがなかったのですが、ある日、店主が「片岡さんの尊敬する向坂逸郎先生も一文を寄せられている本がありましたから、どうぞ」とくださいました。その本はいまも、家の本棚に収まっています。

 この店は1998年5月で閉店されましたが、そのとき常連客のなかから、呼びかけ人がでて、『皓露抄』という冊子が20部だけ作られました。思い出記11編と詩1編が収録されています。
 このときは、まだ定年退職後の余生は古本屋をしたいとなどとは強く思っていませんでしたが、この店、この店主との出会いが、古本屋への道を歩ませたのだと思っています。
 このたび、皓星社から出版していただきました拙著『古本屋の四季』は、開業にむけ始動する6か月前から「古本屋の四季」と題して、書き継いできた拙文集です。古本屋の店主として応じた人と本との交わりであり、交差点かも知れません。そんな、わが「古書片岡」をお客さまやご近所さまは、どのように見ていてくださっているでしょうか? 知りたいものです。『日本の古本屋メルマガ』読者のみなさま、拙著をお読みいただき、わが店を訪ねてきてください。

 お待ちいたしております。心からの笑顔で。

shiki

『古本屋の四季』 片岡喜彦著
皓星社刊 1800円+税 好評発売中
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/huruhonnyanoshiki/

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