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『谷崎潤一郎と書物』

『谷崎潤一郎と書物』

山中剛史

 帯文に「古書趣味と文学研究の越境・融合(ハイブリッド)」と掲げた本書は、古書から出発し、古書を論じ、古書の縁で出版にいたった古書についての本である。といっても、よくある古書自慢というわけではないし、珍本、稀本も出てはこない。どちらかというと地味な本を扱っている。『日本古書通信』連載のエッセイに加えて、大幅加筆した院生時代の論文、書き下ろしの考証的エッセイや論文も含み、中には十年以上前の文章もあるが、本文だけで文学のボディたる書物を置いてきぼりにする文学研究にも飽き足らず、また、古書コレクターの自慢話に沈潜する気にもなれず、趣味としての古書の探求がそのまま学問的な探求となるような、書誌学とも書物学とも文学研究とも割り切れない未明の領域を手探りで進んでみようという本書の基本的なコンセプトは、実のところ古書蒐集をするようになってからずっと考えてきたことであった。

 「古書趣味と文学研究の越境・融合(ハイブリッド)」とは、齋藤昌三をはじめとして、大正末年から昭和初期にかけて花開いた古書文化を支えてきたのは、在野学者、趣味人たちであったことを捉え直し、「解釈と鑑賞」という狭い枠内ではなく、いわば趣味的追求を通して、文学を論じるというよりは、いま手許にある古書を通して谷崎文学のあり方へ迫ろうというわけである。

 谷崎を銘打ちながら、実は本書で一番力を入れたのは、序文後半を占める書き下ろしの谷崎本に限らない書物、古書論であったりする。すなわち、書物とは、本文に対する単なる衣裳=意匠ではない。それは本文と一にして不可分なオブジェであり、著者のみならず編集者や装幀家らとの協働作業によって、ひとつの文学作品は何度でも書物として問い直される存在でもある。そして古書は、ただ文学の刊本というばかりでなく、かたや時代順に列べてみれば、近代出版・流通史、装幀史といった時代を語る雄弁な証言者でもあり、それとは別に、一冊一冊が個別の歴史を背負い何人もの読者を流転してきたものでもある。いわば古書は、時間の水平軸に拡がるばかりでなく、来し方行く末といった垂直的な時間軸をも含み持つ存在であり、読書という孤独な営為から過去未来を問わない彼方の読者を想像力によって媒介するという独自の魅力を秘めている。

 いささか抽象的な序文だが、引き続いて展開されるエッセイでは、書物の出版、広告や実物から検証する重版状況、装幀、挿絵など、全体的に文学と出版をめぐる状況を古書からひとつひとつ突きとめていきながらも、あまり肩の凝らないように時に古書展の思い出なども織り交ぜながら、広く古書愛好家にも楽しめるよう意識したつもりである。

 本書の目次は次の通り。
 序にかえて―書物あるいは古書という視座
 Ⅰ 谷崎本書誌学序説
 Ⅱ 『人魚の嘆き 魔術師』挿絵とイメージの展開
   『人魚の嘆き』挿絵考
   『人魚の嘆き』挿絵考・補遺
 Ⅲ 潤一郎の書棚から
   『自画像』私考
    谷崎潤一郎宛三島由紀夫書簡を読む
 Ⅳ 書物の生態学 ・『春琴抄』の展開

 二十年近く古書展などで買い集めてきて、なぜ初版と特定の重版本しか見かけないのか、本当はそれ以外の版は存在しないのではないかといった奥付を巡る謎、大正初年に数年の活動を経て突如消えてしまった植竹書院の小伝、いわゆる札幌版をめぐる謎といった考証エッセイ。または春陽堂から出された小説『人魚の嘆き』二種の挿絵本をめぐって、挿絵イメージと作品との関わりを論じた考察やら、版権がたらい回しにされる中で重版につれて装幀も変化していく書物の実証的検証、そして漆塗り表紙で知られている『春琴抄』が、なぜ数年のうちの二度も三度も立て続けに装幀を変えて刊行されたのかを、新劇や歌舞伎、映画やレコードなど各メディアに作品がアダプテーションされていった状況と相関していたことの考察等々——このようなラインナップである。

 古書それ自体の奥深い魅力と、時として存在する筈のない本が出現してしまうことすらある古書の世界の深淵については、まだまだ語り足りないが、本書はわたしにとってそれらを問う最初の書物である。

tanizaki
『谷崎潤一郎と書物』 山中剛史 著
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