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「コロナ禍で読む、一古本者のささやかな記録」

「コロナ禍で読む、一古本者のささやかな記録」

高橋輝次

本欄への登場は今回で三度目。大へん光栄ですが、あがり症なので毎回緊張します。
本書は主に、コロナの緊急事態宣言の期間中に集中して書いたものである。その意味で、交流のある書友の先生が伝えて下さったように、コロナ禍の中での一古本者のささやかな〝記録集〟と言えるかもしれない。

 本文は長短のエッセイ、十四篇から成っている。まず古本ファン向けに、戦後第一回目に芥川賞を受けた由起しげ子の『本の話』を紹介。次に昭和初期の東京で、様々な文学者たちの交流の舞台となった書店兼喫茶・レストラン「南天堂」の詳細については既に寺島珠雄の労作があるが、私がたまたま見つけたマイナーな文学者、神戸雄一の短篇小説「蜘蛛の族」――南天堂に出入した太宰や辻潤、宮嶋資夫らをモデルにした文学者達の群像を生き生きと描き出している――を紹介した。これは私の周囲の書友の方々に好評のようである。続いて、戦後派作家のエッセイや名編集者、坂本一亀の評伝などから、様々なタイトルの由来のエピソードを抽出したりしている。さらに私がわずかに交流のあった敬愛する編集者たち数人の仕事やおもかげを点描した文章もある。そして、従来から関心のある誤植や校正の話も……。最後に、私の気に入ったマイナーな文学者、画家、デザイナー(犬飼武、大町糺、浅野孟府、森脇高行)との出会いや再会についてもまとめてみた。

 本書の装幀は、タイトルから連想して、古本や古本屋を素材にした写真や絵画、イラストなどを使ったものを期待していたのだが、出来上ったカバーを見ると、シンプルで可愛らしい抽象的デザインだったので、いささか面喰った。出版社内では好評とのことだが、果たして一般の本好き読者の反応は如何だろうか。
またタイトルは、初め「フリー編集者の~」としていたのだが、近年、看板に偽りありで、編集の仕事は殆んどしていない。そこで途中から「古本者の~」に変えたのだが、校了直前になって出版社側から、まだこの言葉は一般読者には分りにくいとのことで、現案を提案された。私としては「古本者」も古本ファンには大分普及している言葉なので、少々未練があったが、素直にその案を受け入れた。これも読者の御意見を伺ってみたいところではある。

 さて、以下はまた、私の書きぐせである〝追記〟になるのだが(苦笑)、本書刊行直後に、本書の内容に関連した文献を見つけたので、報告しておこう。一つは、私の愛読する作家、桜木紫乃さんの近作『家族じまい』のタイトルの由来を本書で紹介したのだが、たまたま新刊書店で、初のエッセイ集『おばんでございます』を見つけ、早速読み始めた。彼女が直木賞を受けるまでの下積み時代に北海道新聞に連載したものを中心にまとめたものだが、ユーモラスで自虐的、生きのいい話し言葉で綴った面白い文章が満載である。その一篇「愛は一途に」は、小説『ラブレス』のタイトルについて書かれている。もう一篇「タイトルの神様」には、『恋肌』命名の愉快な顛末が。詳細は本書を買って読んでほしい。

 もう一つ。これも刊行直後に尼崎の「街の草」さんで品川力の『本豪落第横丁』(青英舎、一九八四年)を見つけた。『古書巡礼』は読んだ覚えがあるが、本書は不勉強で未読であった。周知のごとく、品川氏は本郷にあったペリカン書房店主で、多くの文学者や研究者のために、関係文献を蒐めて届けた探書の達人である。まだあちこち拾い読みしている段階だが、私の未知な書物人も沢山出てきて、大いに参考になる。達意の文章も楽しい。その一篇「ほれて通えば千里も一里」には、自他の著作の誤植の例がいくつもあげられているではないか。これも早くに読んでおれば私の『誤植読本』に収録したのに、とほぞをかんだものである。最後に、勝手に〝誤植ハンター〟を自認している私だが、肝心の本書にも、書友の指摘で恥ずかしい誤植が見つかりがっくりきている。高名な装幀家、菊地信義氏のお名前を〝菊池〟と誤記してしまったのだ。どうも〝菊池寛〟の表記が先入観としてあったようだ。また英文学者の若島正氏を君島正氏と誤記してしまった。大へん申し訳なく、この場を借りて、お二人に深くおわび申し上げます。思い込みは恐ろしいですね。

aikouka
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