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『近代出版史探索Ⅴ』

『近代出版史探索Ⅴ』

小田光雄

 『近代出版史探索』は短編連作のかたちで書き継がれ、2019年に第1巻、20年に第2巻から第5巻までが続けて出され、ようやく1001話に達した。この連載は2009年に始めているので、12年を閲したことになる。
 拙ブログ連載タイトルは「古本夜話」で、確かに毎回古本屋で購入した本を取り上げ、それに関する様々な事柄を記述していくスタイルをとっている。そのためによくある古本エッセイかと思われるかもしれないが、もちろんそのように読まれてもかまわないけれど、いくつもの問題設定と目的を内包させ、書き続けてきたのである。それは前著『古本屋散策』のタイトルと内容に差異が生じていることとも共通していよう。

 そうした問題設定と目的に関しては各巻の本文や「あとがき」で、様々にふれてきているが、第5巻刊行に際し、このような多くの読者に配信されるメールマガジンに書く機会を得たこともあり、それらを具体的に挙げてみる。

 *出版業界総体をテーマとする。それは作者(著者)・出版社(経営、編集、営業)・取次(流通)・書店(販売)・読者がトータルな対象となる。
*もう一つの出版のバックヤード的世界ともいうべき古書業界、及び全国出版物卸商業協同組合に代表される赤本、特価本、造り本、紙型売買を通じての譲受出版にも注視する。
*三百数十種に及んだとされる円本とその明細、予約出版の起源と出版流通販売システムを検討する。
*昭和円本の前史である古典、宗教、文学、思想ルネサンスとしての大正時代の出版と出版社を再考する。
*それらを通じて、伊藤整の『日本文壇史』と山口昌男の『「敗者」の精神史』『「挫折」の昭和史』『内田魯庵山脈』などの歴史人類学を架橋する試みである。
*これらの目的は一応の目安として千編以上書かないとリンクしていかないので、連載は『千夜一夜物語』を擬して始められている。

 とりあえず「千一夜」を迎えたし、第5巻の刊行に合わせて告白すれば、この探索シリーズの試みは、ベンヤミンの『パサージュ論』を範として続けられてきた。ここではパリのパサージュならぬ、日本の出版業界総体が対象となり、近代の商品としての出版物が生み出す幻想の中に、近代日本がイメージした集団の夢と神話の探究を目的としている。

 近代日本のイメージ造型は西洋と東洋のせめぎ合いの中で、出版物を通じて形成されていった。テレビもない戦前の世界にあって、雑誌や書籍が果たした役割は想像以上に大きく、それは大東亜戦争へと導いていく一端を担っていた。現在からみれば、それもベンヤミンのいうところの幻影・幻像空間(フアタンスマゴリー)のようでもある。

 それらの根源と痕跡をたどるために、アトランダムな古本の集書を絶え間なく繰り返し、まさに遊歩者(フラヌール)のように近代出版史を遡行し、それらの内容を記録し、引用し、時代との関係、出版に至る経緯と事情を追跡し、その分野のトータルな集積となることもめざしてきた。
 ただいうまでもなく、私個人の力量はベンヤミンと比ぶべくもないので、質と内実に関しては及ぶところがないけれど、第5巻まで刊行したことにより、量だけは岩波書店の単行本『パサージュ論』5冊と並んだことになり、いささかの満足を覚えている次第である。

 大風呂敷を広げて、本当に恐縮だが、「千一夜」を迎えての妄言として、ご海容願えれば幸いである。そのようなわけで、『近代出版史探索』シリーズは出版、文学、思想史もしくは広範な文化史の読み直しをめざし、現在でも続いている。少部数のために高定価で心苦しいこともあり、図書館にリクエストして、読んでもらえればと思う。

出版・読書メモランダム
出版と近代出版文化史をめぐるブログ
https://odamitsuo.hatenablog.com/

kindai5

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