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メールマガジン記事 自著を語る

100年前のわたしたちの言葉

100年前のわたしたちの言葉

平山亜佐子

1月末に左右社より3冊目の自著『戦前尖端語辞典』を上梓した。
大正8年から昭和15年に出た30余りの流行語辞典のなかから、今見ても面白い、または意外な驚きのある言葉を集め、語釈を採録し、解説をつけ、当時の文芸作品から用例を引いた辞典風読み物である。
このメールマガジンの読者諸氏なら、大正後期から昭和10年代にかけて流行語辞典が大量に出版されていたことをご存じだろう。
古書店や古本市に行けばよく目にするし、比較的安価なため、書架にお持ちの方もおられることと思う。
パラパラとめくってみると、何しろ語釈が面白くて引き込まれる。
冗談あり、皮肉あり、ときには偏見ありで、辞書というよりコラム集のような感覚で読める。
なかには大して流行していないのに先走って収録したとしか思えない珍妙な言葉があるのもいい。
この面白さを多くの人に伝えたいと考え、本書では語釈をそのまま採録することに拘った。

なぜ大正8年から昭和15年に区切ったのかという質問をときどき受ける。
本邦のいわゆる流行語辞典の歴史には記念碑的な二冊がある。
下中弥三郎著『ポケット顧問 や、此れは便利だ』(成蹊社、のち平凡社)と、服部嘉香 植原路郎共著『新らしい言葉の字引』(実業之日本社)である。
『ポケット顧問 や、此れは便利だ』は「や便」と呼ばれ、流行語辞典の嚆矢とされる本だ。
下中が師範学校教員時代、間違いやすい文字とその使い方を学生に話したところ反応がよかったことから思いついた企画で、成蹊社の主人が「や、これは便利な本ですな」と出版を引き受けてくれたため、書名に採用したと「思い出を語る」(『平凡社百年史 1914-1973別巻』平凡社)にはある。
大正3年の刊行からたちまち版を重ね、増補しながら昭和11年まで売られ続けた。
その4年後の大正7年に出た、服部嘉香 植原路郎共著『新らしい言葉の字引』は、新語・流行語に特化したことと五十音順に並べたことで成功をおさめた。
こちらも大正14年には115版を数え、昭和になっても並んでいたという。

この2冊の成功を見た他の出版社が、これに続けとばかりに刊行を始める。
つまり、大正8年の辞典から始めた訳は、流行語辞典の流行が始まった年であるからだ。

また、昭和15年までとしたのは、太平洋戦争前夜で空気が変わってくるから、という理由に尽きる。
その頃ともなると、『現代時事常識辞典:附・新語辞彙』(時事調査会編、教文社)、『時局新語辞典 : 1億民の教養』(野田照夫 著法学書院)と、新語辞典もきなくさく
なってくる。
本書はモダン文化を象徴する「尖端語」にスポットを当てたいと考えていたため、この年を区切りとした。

大正8年から昭和15年という時期は、第一次大戦と第二次大戦のいわゆる戦間期にあたる。
日本では、前年の大正7年にスペイン風邪が上陸し、大正10年頃まで猛威を振るった。

大正8年の後半にはバブル景気があったものの、翌年には大恐慌となり、その後は慢性不況が10年続く。
都市にはホームレスや下層民があふれ、労働問題がにわかに拡大した。
大正12年には関東大震災、昭和2年に昭和金融恐慌、昭和5年に金解禁、昭和6年に金輸出(再)禁止、そして昭和12年、中国との全面戦争になだれこむ。
その一方で、雑誌、ラジオ、映画、レコード、レビューなどのメディアは咲き乱れる。

パンデミック、不景気、震災、ホームレス、労働問題、メディアの発展……並べてみると、2021年の我々ととてもよく似た状況なのだ。
つまり本書に収められた尖端語は、マスクをして外出自粛をしながら低い給料と失業の不安におびえつつ、テレビや本やSNSで気を紛らわしてなんとか毎日をやり過ごしている私たちの、100年前の言葉とも言えるのだ。

私事ではあるが、本書は11年ぶりの著書となる。
長い間苦戦したが、この度縁あって左右社から出版の運びとなった。
結果的には、この時期に出せてよかったのではないかと考えている。
お陰さまで発売3日後に重版が決定した。
何も思い残すことはないほど大満足の出来と言うことはできないが、尖端語の面白さにはちょっと自信がある。
長く読まれて欲しいと願っている。

senzensentan
『戦前尖端語辞典』平山亜佐子著
左右社刊  定価:1,800円+税 好評発売中!
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