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「原発事故は終わっていない」

「原発事故は終わっていない」

元京都大学原子炉実験所助教 小出 裕章

 2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震と、それが引き起こした巨大な津波によって東北地方の太平洋岸にあった市町村が壊滅的な打撃を受けた。その上、悲劇はそれだけでは済まなかった。東京電力福島第一原子力発電所(以下、「福島原発」と表記)も地震と津波に襲われた。地震と同時に、福島原発は運転を停止し、自ら電気を起こすことができなくなった。そうした場合には、外部の送電線から電力の供給を受けるはずであったが、送電線の鉄塔が地震で倒壊し、外部から電力の供給が断たれた。そうなった時には、非常用の発電機が立ち上がって、必要な電力を供給するはずであった。しかし、地震発生約1時間後に襲ってきた津波によって非常用発電機が水没し、そこからの電力の供給も断たれた。そのため、すべての交流電源が失われる全所停電に陥った。原発事故の専門家の間では、全交流電源の喪失こそ、破局的事故を引き起こす最大の要因であることが常識であった。

 原子力を推進してきた国と電力会社によれば、全交流電源の喪失など絶対に起こらないものであった。1999年9月30日に茨城県東海村の核燃料加工工場において、これもまた絶対に起らないはずだった「臨界事故」が起き、二人の労働者が筆舌に尽くしがたい苦痛の末、命を落とした。その事故を受け、原子力安全委員会は2000年度の「原子力安全白書」に以下のように記した。

多くの原子力関係者が「原子力は絶対に安全」などという考えを実際には有していないにもかかわらず、こうした誤った「安全神話」がなぜ作られたのだろうか。その理由としては以下のような要因が考えられる。
・外の分野に比べて高い安全性を求める設計への過剰な信頼
・長期間にわたり人命に関わる事故が発生しなかった安全の実績に対する過信
・過去の事故経験の風化
・原子力施設立地促進のためのPA(パブリック・アクセプタンス=公衆による受容)活動のわかりやすさの追求
・絶対的安全への願望

 あまりにばかげた理由ばかりで呆れるが、願望で安全は守れない。本当なら、この時点で深く反省すべきであった。しかし、彼らは本心では反省などしなかった。その後も、「絶対的安全への願望」は生き続け、「原発で全交流電源が喪失することなど絶対あり得ない、そんな事故を想定することは不適当だ」と国も電力会社も言い続けた。そのうえ、東京電力は政府の地震調査研究推進本部による津波の予測さえ無視し、破局的事故を招いたのであった。

 事故後も、事故の翌日には1号機で水素爆発が起きるなど、炉心が熔融し大量の水素が発生していることが確実であるにも拘わらず、国や東京電力、その取り巻きの学者たちは、事故の深刻さを無視し、ひたすら彼らの願望に基づいた楽観的な情報を流し続けた。その陰では、10万人を超える人々が生活を根こそぎ破壊されて流浪化していった。あまりに過酷な避難生活の中で、命を落とす人もいたし、自ら命を絶つ人もいた。

 それほどの被害を生んだ事故であったにも拘わらず、事故を起こしたことに責任があるはずの国も東京電力も、誰一人として責任をとろうとしないし、処罰もされない。国と東京電力は、事故収束のロードマップ(工程表)を作成し、事故後30年から40年で熔け落ちた炉心を回収し、安全な容器に封入し、福島県外に搬出するとしている。それどころか 原子炉建屋の解体を含めた廃炉作業を終わらせると言っている。そんなことは到底できない。熔け落ちた炉心を取り出すこともできないし、仮に取り出しができるとしても100年以上の歳月が必要である。原子炉建屋を解体し、敷地を更地に戻すこともできない。いまだに彼らはすべてを願望の上に描いている。

 事故当日に発令された「原子力緊急事態宣言」は10年の歳月流れた今も、解除されていない。国はそのことを忘れさせてしまおうとしていて、すでに多くの日本人は原子力緊急事態宣言が続いていることを忘れさせられている。そして、国は原発事故など大したことはない、被曝だって大したことはないと言い始め、従来あった被曝の法令を反故にし、1年間に20ミリシーベルトまでの被曝は我慢しろと言い出した。その被曝量は、放射能や放射線を取り扱って給料を得る大人、放射線業務従事者に対してようやくに許した限度である。それを放射線感受性の高い子どもにも適用し、本来なら「放射線管理区域」に指定して一般人の立ち入りを禁じなければならない放射能汚染地に帰還せよと指示を出した。

どこの世界でも、いつの時代でも、歴史は強者によって書き残された。しかし、このあまりにもひどい事実を忘れさせたくない。本書は、福島原発事故の過酷さと、被害者の悲惨さを書き記したものである。日本というこの国は、100年後も原子力緊急事態宣言を解除できずにいるはずである。その時に本書は古書として生き延びているであろうか? そうあって欲しい。

genpatu
『原発事故は終わっていない』小出裕章 著
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